第3話:噂と怒号の夜
真相を突き止めるため、私と木下は町全体と地元の小学校に聞き込みを行った。
夏草の匂いが立ち込める朝、自転車で町を回ると、軒下で野菜を干すおばあさんや、釣り竿を肩にかける子どもたちの姿が見えた。
この町は若者の流出率が高く、常住者はほとんどが高齢者と子ども。駅前商店街もシャッターが目立ち、夕方には人通りが絶える。唯一賑わうのは小さな駄菓子屋くらいだった。
美咲には親友が二人いた。山口遥と佐藤さやか。二人とも同級生で留守家庭の子ども。三人は登下校も放課後も一緒で、川沿いで自転車競争をしている姿を何度も見かけられていた。
私たちは保護者同伴で簡単に話を聞いた。だが美咲の死に怯えた二人はほとんど口を開かず、遥は手汗を拭いながら母親の袖をぎゅっと掴み、さやかは机の下で足を小刻みに揺らしていた。大人たちも、どこかよそよそしい空気だった。
三人は月に一度ほど、週末に町外れの公園まで一緒に行くのが楽しみだったという。放課後は近所の駄菓子屋で遊び、畳敷きの休憩スペースで飴を食べたり宿題をしたりしていた。
その駄菓子屋の店主が村田弘。町で「独り身のおじさん」と呼ばれる、快活で子ども好きな男だった。盆踊りや町内会の掃除にも積極的に参加し、悪い噂はなかった。
「たまに近所の小学生が一人で来ることもあるが、女の子たちはいつも三人組で来ていたよ」と村田は静かに語った。
美咲の担任教師は河合俊一。職員室で煙草をくゆらせ、机の上にはカップ麺の容器や山積みの書類。蝉の声が教室の窓から入り、彼は煙草の灰をこぼしながら「三クラスを一人で見るのは無理っすよ」とだらしなく肩をすくめていた。
教職員室にも張り詰めた空気が漂い、「自分のせいじゃない」と囁く声が聞こえた。
情報整理と捜査範囲の拡大をしていた矢先、事態は急展開を迎える。
山口遥の両親が帰郷後、すぐに県の病院で検査させた。母親は遥の手を握り「大丈夫、大丈夫」と何度も呟き、結果が悪いと診察室で崩れ落ちた。
遥は親に問い詰められ、唇を震わせながら「村田弘」と名指しした。
町は瞬く間に騒然となり、夜には町内放送のチャイムが響き、町のスーパーでも知らない顔が増え、住民たちは小声で噂し合っていた。夜の生ぬるい風の中、遠くで犬の鳴き声が響き、村田の家の前には町民が集まり始めた。
私たちが駆けつけたときには、既に町中が店を取り囲み、怒号が飛び交っていた。昭和の町内放送のチャイムが遠くで鳴り、夜の闇が不穏に揺れていた。
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