第4話:誕生日の夜、壊れかけた夫婦
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僕の誕生日は毎年、綾香が仕事を休んでくれる。
朝早くから十キロ先の魚市場まで行き、新鮮な食材を選び、洗って切って煮て炒めて、一日中忙しくして、僕が帰る頃にはご馳走を用意してくれる。
僕も仕事を早めに切り上げて帰宅し、二人で家事を片付け、語らいながら食事をする。
窓の外には夕焼けが広がり、台所からは煮物の甘い香りが漂っていた。箸置きには季節の小花が添えられ、僕たちは並んで座った。
だが、今年は瑞希からLINEがあった。
「あなたの誕生日、一緒にお祝いしてもいい?」
二秒ほど迷って、承諾した。
この半年、瑞希は本当に約束を守ってくれた。何も要求せず、会うたびに痕が残らないよう細心の注意を払っていた。
きっと寂しいのだろう。
分かる気がした。
僕は毎日綾香と一緒だ。これからも誕生日は何度でも祝える。一回くらい、どうってことない。
綾香に電話して、「今夜は区役所の幹部との会食があるから遅くなる」と伝えた。
フライパンの音がする中、彼女は「ふーん、何時ごろ帰ってくる?」とだけ聞いた。
「七時くらいかな」と答えた。
「分かった。」
七時ごろなら大丈夫だろうと思った。
だが瑞希のアパートに入った瞬間、彼女は激しく僕にキスしてきた。
蓮は友人宅に預け、彼女は透けるようなセクシーなドレスを着ていた。
彼女は大胆で、激しかった。
ベッドの上で、彼女は僕を貪るように、何度も何度も求めてきた。
気が付けば、もう十一時だった。
僕は慌てて服を着始めた。
瑞希が突然飛びついてきて、優しく肩に噛みつき、目を潤ませて「ごめんね。今日、あなたをこんなに引き止めちゃって」と囁いた。
その姿に、また罪悪感が込み上げた。
僕は彼女をなだめた。「今度、何日か旅行に連れて行くよ。そしたら本当の夫婦みたいに、好きなだけ呼んでいいよ。」
彼女は泣き笑いしながら「調子いいんだから」と言った。
急いで帰宅すると、綾香はもう寝ていると思っていた。
彼女は几帳面で、十一時には寝て七時に起きる——何年も変わらない。
だが家に入ると、ダイニングテーブルで寝ていた。
テーブルには料理と花、バースデーケーキが並んでいた。
僕は玄関の鏡で身なりを整え、そっと彼女を起こした。
綾香はぼんやりと僕を見て、数秒後に一瞬だけ手を握りしめてから、にっこり微笑んだ。
「ダーリン、お誕生日おめでとう。」
僕は唇を引き結んだ。「なんでここで寝てるんだ?」
彼女はあくびをしながら「七時に帰るって言ったから、誕生日だし待っていようと思って。でも区役所の人と一緒なら邪魔しちゃいけないと思って電話もしなかった。うっかりここで寝ちゃった」と答えた。
「ご飯食べてないの?」僕は驚いた。
「料理中に味見しすぎて、お腹空いてないの」と微笑んだ。
彼女を見ていると、なぜか言いようのない苛立ちがこみ上げてきて、思わず声を荒げた。「バカか?こんな時間まで帰らないってことは、外で食べてきたに決まってるだろ。先に食べることくらい考えなかったのか?」
綾香は固まった。数秒して、小さな声で「どうしたの?」と聞いた。
すぐに我に返った。「ごめん、怒鳴るつもりじゃなかった。今日はちょっと疲れてるんだ。先に寝るよ。」
そう言って寝室に逃げ込んだ。
ベッドに横になっても、苛立ちは収まらなかった。どうしてこんな言い方しかできないんだろう、と自分を責めた。綾香の笑顔が脳裏に焼きついて離れず、胸が苦しくなる。
すると、ガサガサと音がして、彼女がやってきて、背中からそっと抱きしめてきた。
「ごめんね、ダーリン。私がご飯食べなくて心配かけたよね。次はちゃんと食べるから。今日は嫌なことあった?何か楽しいことしようか?」
これは、どちらかが機嫌が悪いときや外で嫌な思いをしたとき、もう一方がそっと寄り添う、夫婦だけの小さなルールだった。
怒るべきじゃないと分かっていた。だから、気持ちを切り替えようとした。
でも、多分瑞希とやりすぎたせいか、その日はどうしても気分が乗らなかった。
焦れば焦るほど、苛立ちは募り、うまくいかなかった。
低い声で「今日はやめとこう」と言った。
綾香は、まだ僕が拗ねていると思い、くすぐってきて笑った。
僕はついカッとなって「いい加減にしろよ。少しは自尊心持てないのか」と怒鳴った。
彼女の手が止まった。
薄暗い部屋で、彼女は大きな目で僕を見つめていた。
部屋の時計の秒針だけが、やけに大きく響いた。
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