第3話:雪の中の妻と、満たされぬ心
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その日、帰宅はとても遅くなった。
車を降りると、綾香が厚着をして雪の中で立っていた。
息を白くしながら、彼女は小さな足踏みをしていた。肩には雪が薄く積もり、手袋の上でマフラーの端をぎゅっと握っている。雪の粒がまつげに積もって、彼女は何度も瞬きをしていた。
僕を見つけると、ほっと大きく息を吐き、ふらふらと近づいてきて笑った。
「和也、もう少し遅かったら、凍った奥さんができあがってたわよ。」
僕は付き合いも多いので、彼女はどこに行っているか聞かない。彼女は自分のマフラーを外して僕の首に巻き、「雪の中でも無事に帰ってきたから、電話に出なかったことは許してあげる」と笑った。
その夜、寒さが僕のぎこちない表情と動きを隠してくれた。
……
新しい生活の形にもすぐ慣れた。
瑞希は時間の融通が利くし、僕も午後は取引先の視察で外出することが多い。
会う時間も場所も十分あった。
瑞希は、どれだけ状況が変わっても、僕の前ではプライドを保ち続けていた——あるいは、むしろそのプライドこそが僕を惹きつけていたのかもしれない。
それは、昔を思い出させた。
尚人は僕の兄弟で、当時の同級生でもある。
彼には分からない。
「瑞希は昔はすごかったけど、今じゃ綾香の足元にも及ばないだろ。」
彼には理解できない。
人は誰しも、若い頃に手に入らなかったものに一生囚われるものだ。
瑞希は、僕にとって手の届かなかった存在だった。
今、彼女は僕のものだ。
彼女といるたび、僕は大きな満足感を覚えた。
彼女は僕のお金を受け取ろうとしない。「屈辱的だから」と言う。
だから、僕は様々な形で彼女を助けた。
友人に保険を紹介したり、彼女の電話番号でネットショッピングのポイントをチャージしたり、取引先からもらった贈り物を渡したり。
何でもいい。
瑞希の存在は、今の僕の成功と華やかさの証だった。
離婚なんて考えたこともない。
綾香とは釣り合いが取れていて、仲の良い理想的な夫婦だ。
彼女は明るくて、ささやかなことで幸せを感じる。彼女といると、僕はリラックスでき、自信に満ち、エネルギーが湧いてくる。
それに、彼女の母親の臨終の際、「一生大切にする」と約束した。
この数年、十分にやってきたつもりだ。
僕の浮気が彼女を傷つけるか?
考えたことはある。
彼女が知れば傷つくだろう。でも、知らなければ?
何も変わらない。
むしろ、罪悪感から彼女に今まで以上に気を配るようになった。
実際、その通りだった。
今の僕と綾香の関係は、以前よりも良くなっている。