第2話:初恋の残像と禁断の夜
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自分がどうしようもない悪人だとは思っていない。
たとえ結婚していながら瑞希と寝てしまったとしても。
ただ、世の中にはどうしようもなく満たされないことがあるのだ。
一年前、高校の同窓会で、かつての初恋・瑞希と再会した。
その会場は、駅前の古びたビルの上にある昭和レトロな和風居酒屋だった。色褪せたポスターやカウンターの小鉢、赤い提灯の灯りと、懐かしい同級生たちの笑い声が、ほんの一瞬だけ僕たちを高校生に戻してくれた。
彼女を見た瞬間、思わず目を疑った。
昔の瑞希は、美しく輝き、裕福な家庭に育ち、成績もトップ。僕たちのような自信もなく陰鬱な男子にとっては、まるで手の届かない妖精のような存在だった。
でもその日、目の前にいたのは、人生にすり減らされた女性だった。
やつれ、痩せて、疲れ切っていた。手を握ればすぐに冷たさが伝わってきそうで、声もどこかかすれている。口元や眉間の深い皺は、長年苦労を重ねてきた証だった。
なぜか、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
かつて憧れた月が、地上に落ちて泥まみれになったような——そんな気持ちだった。
その夜の終わり、みんなが僕の新車の周りに集まっていたとき、瑞希が言った。「この車、四百万円くらいするでしょう?」
隣の同級生が鼻で笑った。「冗談だろ?この車は一千万以上するぞ。和也は今や支店長だぞ、昔とは違うんだ。」
彼女の顔が赤くなり、唇をきゅっと結んだ。
僕は慌てて「そんな高くないよ、みんな大げさに言ってるだけ」とフォローした。
彼女は僕を一瞥し、顔をこわばらせて、誰にも挨拶せずに立ち去った。
その後、ため息交じりに彼女の過去数年を聞いた。
大学在学中に家が倒産し、すべてを失った。卒業後、気性の荒い男と結婚したが、喧嘩の末に夫が亡くなり、家と車を売って賠償金を払い、最後は裁判沙汰になった。
離婚後は四歳の息子を一人で育て、アパートを借りて保険の営業で生計を立てているという。
「今まで同窓会に来なかったのも、営業のためだろう。稼ぐのは悪くないけど、あの態度じゃ誰も保険なんて買わないよな。」
半月後、瑞希から突然LINEがあり、「保険、必要ない?」と聞かれた。
綾香は銀行の保険部門で働いているので、保険はすべて彼女に任せていた。
瑞希は少しがっかりした様子だったので、僕は友人を何人か紹介した。
後日、瑞希が「お礼にご飯でも」と誘ってくれたので、喜んで応じた。
その誘いは、少しだけ緊張してしまうほど久々のもので、僕は当日の朝に髭を念入りに剃り、いつもより丁寧にネクタイを締めて出かけた。駅前の居酒屋で再会した彼女は、どこか肩の力が抜けていて、手を握ればひんやりと冷たく、化粧品の香りがほんのり漂い、大人の哀愁がそこにあった。
しばらくして、彼女の息子・蓮が高熱を出し、大雪でタクシーもつかまらず、彼女は慌てて僕にLINEしてきた。
もちろん、僕はできる限り手を尽くした。
それ以来、瑞希が美味しいものを作るたびに僕を呼んでくれ、蓮も「和也おじさん」と呼んで懐いてきた。
その日も大雪で、しばらく帰れず、二人で日本酒を少し飲んだ。
窓の外は真っ白な雪が降りしきり、部屋の中には静かな暖かさが満ちていた。テレビからは、どこかの県の交通情報が流れていた。
蓮が寝静まった後、彼女は急に立ち上がり、寝室へ行った。しばらくして僕の名を呼んだ。
行ってみると、彼女は薄いネグリジェ姿でベッドに座り、赤い目で僕を見つめていた。
彼女は唇を噛みしめて、か細い声で言った。「……私、もうこれしかできないの。嫌だったら、ごめんね」
僕は慌てて背を向け、「瑞希、見返りなんて求めてないよ。同級生なんだから、助けるのは当たり前だ」とどもりながら言った。
彼女は静かにため息をつき、悲しげな声で言った。
「授業中、あなたがいつも私を盗み見てたの、知ってたよ。もう昔の私には戻れないけど……」
「心配しないで。私はもう再婚する気もないし、あなたの家庭を壊すつもりもない。ただ、今が欲しいだけ……」
外では雪が降り続き、室内は別世界だった。
時計の秒針の音がやけに大きく響く。カーテンの隙間から、うっすらと街灯の明かりが差し込んでいた。
僕は衝動的に、彼女に駆け寄った。