第5話：誤解と嫉妬、最後の対峙

「青森？」

誠の声が突然大きくなった。

驚きと困惑が混じった表情だった。

彼は私をしばらく見つめ、何かに気づいたように口元を歪めて嘲る。

「これで僕を脅すつもりか？引くふりをして攻めるつもりだろう？」

「藤音も正式に僕と結婚式を挙げた。君に正妻の座を戻す理由はない。」

彼の声は硬く、どこか哀しみが混じっていた。

彼は、私が彼から離れられないと信じて疑わなかった。

その自信に、かつての自分の姿も重なる。

私は思わず笑いそうになった。

過去の自分が、いかに未熟だったか、今ならよく分かる。

誠を、そしてかつての自分を。

五年も夫婦でいて、こんな人間だったとは思いもしなかった。

胸の奥が、ひどく冷たくなった。

私は冷静に答えた。「私の夫は青森にいるの。」

静かな声だった。

誠の顔は固まった。

まるで時が止まったかのように、彼は動きを失った。

青ざめ、口を開けて、しばらくしてようやく言う。

「青森で再婚したのか？」

私はうなずき、咲良の手を取って彼の横を通り過ぎた。

すれ違いざま、静かに心の中で別れを告げた。

「今やお互い再婚したのだから、もう何もないわ。」

言葉は冷たくも、どこか穏やかだった。

その時、裾を強く引っ張られた。

誠の手が私の着物を掴み、破れそうなほど力を込めていた。

私は振り返らず、ただ静かに立ち尽くした。

もはや冷静さを失い、歯ぎしりするように言う。「信じられない。」

「僕は今や市役所の幹部だ。この富と名誉を本当に捨てられるのか？」

「青森じゃ、君の旦那も役場勤めくらいだろう？そんな苦労を本当に受け入れられるのか？」

最後には声が震え、ほとんど泣きそうだった。

私は彼から顔を背け、もう見ようともしなかった。

「誠、私たちは違うの。」

「私はそんなものに興味はない。彼だけが大事なの。」

静かながら、決意のこもった言葉だった。

誠は手を離さなかった。

目は赤く、顔色はますます暗くなった。

「咲良と駿はどうする？君はもう気にしないのか？」

その問いに、咲良は私の指をしっかり握り、体を小さく震わせていた。

「咲良は当然私と行くわ。駿は……」

私は目を伏せた。

「彼はもう私を認めていない。好きにさせてあげて。」

私は彼のために退路を残した。

それが私にできる最大の優しさだった。

誠はなおも引き止めようとした。

私は一瞬咲良の手を離し、短刀で着物の裾を切り落とした。

護衛が屋根から降り、剣を抜いて彼の行く手を遮った。

剣の刃が月明かりに反射し、場に緊張が走った。

彼は仕方なく立ち止まり、それでも諦めきれずに言う。

「咲良の姓は西園寺のままだ。」

私は咲良の手を取り、振り返らずに去った。

「今日から、彼女はもう西園寺の姓ではない。」

私は咲良の手を取り、月明かりの下を歩き出した。もう二度と振り返らないと、心に誓いながら。