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裏切りの記憶とふたつの家族 / 第6話:新たな家族、新たな傷
裏切りの記憶とふたつの家族

裏切りの記憶とふたつの家族

著者: 安積 亮


第6話:新たな家族、新たな傷

私は咲良を連れて実家の高橋家に戻った。

久しぶりの我が家は、畳の匂いも障子の白さも、どこか優しく私を包んでくれた。

斎藤靖はこのところ県庁に詰めており、知事と政務を話し合っていた。

青森の厳しい冬の中、彼は誠実に仕事に励んでいた。

だから私は両親とゆっくり過ごすことができた。

咲良は一日の疲れから、早く布団に入った。

私は灯りをつけ、帳簿を整理し始めた。

パラパラと紙をめくる音が、静かな夜に響いた。

西園寺家に残した嫁入り道具は、ややこしい問題だった。

古い風習の名残で、家と家との間にしきたりがあった。

私は夜遅くまで作業した。

蛍光灯の下、目を凝らして計算した。

翌朝早く、

私は数台のワゴン車と十数人の家政婦を連れて西園寺家へ向かった。

朝靄の中、静かに車列が門前に並んだ。

堂々と、隠すことなく。

高橋家の紋付きが、すべての荷物にきちんとついていた。

藤音が慌ててやってきた。

着物の裾をたくし上げ、息を切らして玄関に現れた。

高橋家の古参の家政婦が持参した持参品リストに従い、西園寺家から一つ一つ運び出していく。

藤音は驚いた様子で、慌てて私に近づいた。

「お姉様、何か誤解があるのでは?」

彼女の声は、不安げに震えていた。

「ご主人様はまだあなたと離婚していないのに、そんなに西園寺家と縁を切りたいのですか?」

私は彼女を見て、ふと微笑んだ。

「聞いたわ。誠があなたを娶った時、三つの書類も、盛大な披露宴もあったそうね。」

その言葉に、藤音の顔はみるみる赤くなった。

藤音は一瞬呆気に取られ、頬を赤らめた。

「はい……」

声はか細かった。

私は言った。「あなたはもう正式な正妻よ。この国には二人正妻は認められていない。彼があなたを娶った以上、私には関係ないわ。」

しっかりと前を見据えて、淡々と言い切った。

藤音はうつむき、目が揺れていた。

彼女は私の袖を掴み、膝をつこうとした。

「やはりお姉様は気にしているのですね……」

「私、正式な奥様じゃなくても…いいんです。お姉様に正妻の座をお譲りします。」

藤音の声には哀願が込められていた。

私は本当に理解できなかった。

自分が二番目の奥さんでも構わないと言う彼女の言葉が、現代の空気にそぐわない気がして胸がざわついた。

私は嫌悪感がこみ上げ、彼女の手を強く振り払った。

強く振り払った拍子に、彼女の体がふらりと倒れた。

彼女はバランスを崩して倒れ、乱れた髪の隙間から涙ぐんだ目で私を見上げた。その姿は哀れで胸を打つものがあった。

その瞬間だけは、胸が少し痛んだ。

私は誠が来たことを知っていた。

気配で、すぐにわかった。

だが彼は彼女を助けず、ただ私の前に立った。

誠の顔はやつれ、目の下に隈ができ、昨夜一睡もしていないようだった。

「調べた。」

声は低く、重かった。

「君が都に戻る時に使った車は高橋家のものではなかった。あれほど格式の高い車は、普通の者が使えるものではない。青森で君は一人だったし、あの車は……」

彼は言葉を切り、目を暗くした。

「君が言っていた夫のものだろう。」

「だが、青森でその地位にある者は皆すでに結婚している。まさか愛人になったのか、それとも……」

その言葉には、誠の疑念と嫉妬が混じっていた。

彼が言いたいことは分かっていた。

愛人——。

口に出さずとも、空気は重く沈んだ。

愛人になるにも登録が必要だ。彼が調べられるのも当然だ。

現代の制度では、そんなことはあり得ない。だが、彼は私の過去を信じきれなかった。

十年以上も知り合っていたのに、彼は私を疑ったのだ。

その事実が、胸に突き刺さった。

私の中の怒りが爆発し、家政婦が置いたそろばんを掴んで彼に投げつけた。

そろばんが彼の肩に当たり、重い音を立てて落ちた。

誠はそれを受け、痛みにうめいた。

肩を押さえ、冷や汗を浮かべていた。

藤音は驚きの声を上げ、私を睨みつけ、目には憎しみが溢れていた。

「ご主人様は市役所の幹部なのに、よくもそんなことを!」

藤音の声が部屋に響いた。

私は誠を指差し、怒りで手が震えていた。

「彼は私の名誉を傷つけるようなことを言った。そんな無礼、どう責任を取るの?」

感情が抑えきれず、声を荒らげた。

私たちが対峙していると、西園寺駿が人混みから飛び出してきた。

廊下の奥から小さな足音が響き、駿が姿を現した。

彼は私をまっすぐ見上げて叫ぶ。

「父さんが間違ってる?愛人になる以外、お母さんはどこへ行けるの?」

その目には強い反発が宿っていた。

私は冷たく彼を見つめ、もはや母の情は感じなかった。だが、この子の小さな手を、もう一度握れたなら…そんな淡い願いが一瞬胸をかすめた。

「駿、跪きなさい。」

声には一切の情けを含まなかった。

紅子が進み出て、彼を無理やり跪かせた。

彼女は容赦なく、駿は痛みで眉をひそめた。

和室に膝をつく音が響く。

彼は頑なに問い返す。「なぜ僕があなたに跪かなきゃいけないの?」

小さな声が、かすかに震えていた。

私は静かに答えた。

「第一に、私はあなたの生みの母。母は子に、子は母に跪くものよ。」

「第二に、私は青森県知事夫人。私は主君、あなたは部下。跪くのが当然よ。」

言葉に一切の迷いはなかった。

駿の目には、混乱と悔しさが浮かんでいた。

その小さな背中が、少し震えていた。

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