第4話:裁かれる真実
最初は、警察が調べれば潔白が証明されると思っていた。
だが藤堂涼真が裏で手を回し続ければ、私の人生は終わる。
知り合いの弁護士に相談しても「世論の流れを変えるのは難しい」と首をすくめられた。
ヘッドコーチはしばらく考え、慰めるように言った。「私が藤堂氏に謝りに行く。とりあえず穏便に済ませよう。少なくとも藤堂涼真は助かったんだ。君が頭を下げれば、情状酌量もあるかもしれない」
突きつけられた選択肢は、屈辱か、さらなる追放かの二つしかなかった。
今となっては、それが最善策だった。
「負けを認めろ」と言われているようで、胸が締め付けられた。それでも、家族やこれ以上の迷惑を思えば、仕方がなかった。
真実よりも、自分を守ることが大切だった。
自分の正しさより、現実の中で生きる術を選ぶしかなかった。
私は弁護士を雇い、藤堂家に自ら謝罪した。
謝罪文を何度も推敲し、直接電話をかけて頭を下げた。しかし、相手から返事が来ることはなかった。
だが藤堂氏は面会すら拒否。
代理人から「今後一切接触しないように」と伝えられ、そのまま門前払いだった。
藤堂涼真はさらに傲慢になり、必ず私に償わせると息巻いた。
彼はSNSやYouTubeで、私への怒りを滲ませた動画を次々と投稿した。再生回数は一気に跳ね上がった。
私が彼を気絶させたことへの謝罪動画がネットに投稿された。
涙を流しながら「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げる自分の姿は、まるで他人のようだった。動画は拡散され、コメント欄は罵声で溢れた。
今回はネットが大炎上した。
トレンドワードには「高瀬謝罪」「ダイビング事故」が並び、何もしていなくても悪者扱いされた。
多くのネットユーザーは、謝罪したのだから有罪だと信じた。
「やっぱり悪かったんだ」「謝るくらいなら最初からやるな」——誰もが正義の味方になった気分で私を叩いた。
少数の支持者が裏事情を察しても、その声は雇われコメントにかき消された。
応援コメントには「工作員乙」と返信がつき、どんな弁明も通用しなかった。
藤堂家がネット世論を操作したのだろう。
業界ではすでに有名な話だった。「お金と影響力で何でもできる家」と囁かれていた。
私のレッスン料が高い、天狗になっている、実績ばかり自慢している——そんなデマも大量に流された。
匿名掲示板には、過去の写真やプライベートな情報まで貼られた。私は恐怖と怒りで夜も眠れなくなった。
応援コメントはすべて埋もれた。
家族や友人にも連絡を控えるよう伝え、引きこもるしかなかった。
無知なネット民は、恩知らずだ、身の程知らずだと罵った。
自分の存在そのものが社会に不要なものだと突き付けられるようだった。
ダイビング愛好家まで自分たちの選手を応援し、私を不正や事故死の元凶だと責め立てた。
古くからの仲間や先輩までもが「高瀬は変わった」と噂し始めた。
私の弁明に耳を貸す者はいなかった。
正論を語れば語るほど、「逆ギレ」「被害者ぶるな」と叩かれた。
皆、信じたいことだけを信じた。
「真実なんて関係ない、面白ければいい」——そんな空気が蔓延していた。
味方してくれた同僚まで「擁護している」と叩かれた。
善意でコメントした友人も、家族も、皆が標的になった。やがて誰も私に近づかなくなった。
大手メディアも火に油を注いだ。無実を証明する証拠もなく、私は罵倒の嵐にさらされた。
テレビのワイドショーでは、私の映像が何度も使い回された。「彼のような危険な人物に指導を任せてはいけない」とコメンテーターは断言した。
藤堂涼真は警察に圧力をかけ、メディアにも金をばらまき、私の評判を徹底的に潰した。
背後で動く巨大な力を、私はただ呆然と眺めるしかなかった。
事件は一気に拡散し、コーチ、同僚、家族、友人まで巻き込まれた。
母は職場を辞め、妹は引っ越しを余儀なくされた。親戚の法事でも、話題になった。
かつて誇りだった家族が毎日晒し者にされ、私は耐えきれなくなった。
誰もが私の顔色をうかがい、避けるようになった。朝起きるたびに胸が苦しくなった。
結局、私は五千万円を返金し、二度とダイビングはしないと公表した。
その日、書類にサインをする手が震えていた。何もかもを失った気がした。
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