アプリをダウンロード
裏切りの婚約金 / 第6話:崩壊する家族と失われた朝
裏切りの婚約金

裏切りの婚約金

著者: 西村 拓海


第6話:崩壊する家族と失われた朝

翌朝早く、再び彼女の家を訪れた。

冷たい朝焼けの中、深呼吸をして玄関の戸を叩いた。

660万円、分かった。ローンが増えるだけだ。もっと働けば4、5年で返せる。

「こんなに借金が増えても、彼女となら…」と、自分に言い聞かせる。

だが弟の件は譲れない。彼は健康なのだから、自分で稼げばいい。

あの夜の彼の目に、ほんのわずかな嫉妬の色を見た気がした。

実際、美咲は長年家族に操られてきた。男尊女卑が根強く、父親に値段を付けられても傷つくどころか、それが当たり前だと思っている。

長野の山間部では、今なお家のしきたりが強い。美咲がそれに従順なのも無理はない。

でも大丈夫。うちの両親は彼女に優しいし、私が必ず彼女をこの泥沼から救い出し、普通で温かい家庭を築く自信がある。

「普通の暮らし」で十分だ。そう強く願った。

朝食中の家族。

味噌汁の湯気が立ち昇るテーブルで、空気だけが異様に冷たかった。

私が来ると、父親は顔も上げなかった。

「昨日の件、家族で話し合いました。」

静かに切り出す。両手を膝の上に揃えて正座した。

「ほう。」

短く一言だけ返される。

「900万円を一度に用意するのは本当に厳しいです。」

覚悟を決めて言葉を紡いだ。

「貧乏ぶるな。君の家のことは全部知ってる。」

一気に空気が張り詰める。

怒りを抑え、「披露宴代や三点セット、ご祝儀は友人に借りて数日で用意できます。ただ、結納金は今すぐには……」

心を落ち着かせて、なるべく丁寧に話した。

「金もないのに姉さんと結婚したいのか?」と弟が叫ぶ。「恥ずかしくないのか?」

弟の声はどこか甘えの残る響きだった。

父親も怒鳴った。「朝っぱらから馬鹿にしに来たのか?出て行け。」

「払わないとは言っていません。分割払いにしたいだけです。契約書も書きます。5年で返済、毎年121万2千円。今は5万円も残っていません。」

数字を並べながらも、内心は必死だった。

父親は少し表情を和らげた。「いいだろう。ただし、利息50万円追加……それと弟の件だが……」

金額の話には柔軟なのに、家族のことになると頑なさが際立つ。

「家は買えません。私たちは結婚するのであって、人身売買じゃありません。美咲と私は頻繁に帰省しますが、弟さんは健康ですし、なぜうちが養わないといけないんですか?」

「結婚は家同士の縁結びだけど、それにも限度があります」と、喉まで出かかったが飲み込んだ。

弟が飛びかかってきて目を真っ赤にして「誰が障害者だって?」

勢い余った弟の行動に、家族全体の緊張が高まった。

父親は私の贈り物を投げ捨てた。「なら出て行け。」

紙袋が畳の上を滑る。贈り物たちが侮蔑の対象になるとは思わなかった。

私は冷笑した。「これ以上話しても無駄ですね。結婚する気がないようなので、時間の無駄です。」

「もう、潮時かもしれない」と心のどこかで覚悟した。

父親の顔色が変わった。「婚約を破棄するつもりか?」

「誠意は十分見せたつもりです。それでも無理な要求を続けるなら、普通の人なら怒ります。」

自分の怒りを抑えながらも、はっきりと意思を伝えた。

弟が私を突き飛ばし、私は床に倒れた。畳の感触がじくじくと背中に伝わり、親戚たちのざわめきが広がる。誰一人止めようとせず、空気は冷たく、孤立感だけが際立った。立ち上がってやり返そうとした時、美咲が駆け寄って私を引き起こした。

彼女の手は小刻みに震えていた。

「ここまでやったのに、なぜ家族は追い詰めるんだ?」

心の叫びがそのまま口をついて出た。

彼女は「今はもう話さないで、帰って」と言った。

静かな声に、すべての力が抜けた。

まるで雷に打たれたように、目の前が真っ白になった——この子は本当に美咲なのか?

心の奥が凍りついた。

その時、スマホが鳴った。出ると、母の泣き声が響いた。

「早く帰ってきて!お父さんが病院に……」

母の悲痛な声に、慌てて外に飛び出した。

——この朝が、すべての絆を断ち切る始まりだった。

この章はVIP限定です。続きはアプリでお楽しみください。

続きはモバイルアプリでお読みください。

進捗は自動同期 · 無料で読書 · オフライン対応