第4話:崩れゆく約束と涙の夜
外はすでに真っ暗だった。
人気のない夜道、息が白く浮かぶ。遠くで除夜の鐘が響くような静けさ。
6時間もかけて来たのに、一杯の緑茶も出されなかった。
礼儀にうるさい田舎で、これほど冷たい仕打ちを受けるとは。胃の奥がじわじわ痛む。
腹立たしさを抱え、町まで車を走らせてビジネスホテルに泊まった。
フロントで「お疲れさまです」と言われ、思わず泣きそうになった。
そして両親にLINEビデオ通話で全てを話した。
画面の向こうの父と母の顔は、驚きと困惑が入り混じっていた。
両親はしばらく沈黙していた。
父がうつむき、母がそっと目元を拭う。
「向こうの家はこんなに要求して、本当に結婚したいのかな?」と私は言った。
言い終えてから、どこか自分が情けなくなった。
父は「一人娘だから、結納金を多く望むのも安心のためさ……」と答えた。
父の声には、どこか自分への言い聞かせのような響きがあった。
父は本心ではなく、私が婚約を破棄するのを恐れているのだと分かっていた。
「せっかくここまできたんだから」と、ためらいの気持ちを押し隠しているのが伝わる。
両親はとても保守的で、私に早く身を固めてほしいと願っていた。
親戚にも会うたび「そろそろだな」と急かされていた。
独身の頃は、道で子供を見かけると必ず頬を撫で、「いつ孫を見せてくれるんだ?それが私たちの幸せだ」とほのめかしていた。
母はスーパーでお菓子売り場の前を通るたび、「これ、孫ができたら一緒に食べたいわね」と微笑んでいた。
美咲と付き合い始めてからは、編み物に夢中になり、結婚も決まっていないのに孫のための冬物がクローゼットの半分を占めていた。
押し入れには小さな毛糸の帽子や手袋が詰まっていた。
孫の性別で唯一意見が分かれたのは、父が女の子、母が男の子を希望したことだったが、すぐに「どちらでもいい」と意見が一致した。
「健康ならそれで十分だ」と笑い合う両親の顔が浮かんだ。
だからこそ、私は責任の重さを感じていた。
両親の期待を裏切ることも、逆に押しつぶされることもできなかった。
——最初の一歩すら、こんなに難しいとは。
「父さん、これが小さな問題だと思う?2,500万円もかかって、弟さんの家まで買わされるなんて、うちを金づるとしか思ってないじゃないか?」
思わず声が荒くなった。
母は膝の上で小さく手を震わせ、ため息をついた。「実は、私たちも田舎で老後を過ごしたいと思っていたし、家を売るのも不可能じゃない……」
「母さん、何を言ってるの?田舎は不便だし、何かあったら誰が助けてくれる?後悔してほしくないよ。」
東京と長野の距離が、今さらながら途方もなく遠く感じた。
「直人(なおと)、美咲はいい子だ。お金で彼女を逃したらもったいない。お金はまた稼げるが、人を失ったら取り戻せない。結納金はうちでも頑張るから、向こうの家とも分割払いにしてもらうとか、もう少し下げてもらえないか相談してみなさい」と父が言った。
父の声には、自分なりの譲歩と哀しみが滲んでいた。
——この夜、家族の絆が試されることになるとは、まだ誰も知らなかった。
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