第2話:田舎の正月、見栄と欲望
今年のお正月、私は山ほどの贈り物を持って彼女の家(長野県の小さな町・桜ヶ丘)に行き、婚約を決めるつもりだった。
雪のちらつく朝、首都圏の自宅を出て、車のトランクにはぎっしりと包み紙の掛かった品々。新しいコートに身を包み、心なしか背筋も伸びていた。
実は、昨年末には両家でほとんど話がまとまっていた。結納金の280万円も数か月前にすでに渡していた。
親同士のLINEグループでは、正月の挨拶や細かい手続きのやり取りも順調だった。「これで安心だね」と母も微笑んでいた。
今回こそは順調に進むと思っていた。まさか、280万円は彼女の家族にとって前菜に過ぎなかったとは。
まるで「おせちの黒豆」程度の扱いだったのかと、思い返してみれば皮肉にもなる。
山道は険しく、車で6時間かけて到着した。玄関が開くと同時に、居間にいた十数人の視線が一斉に私に集まった。
靴を脱ぎながら、冷たい空気の中に緊張と期待が入り混じった気配。畳の上に親戚がずらりと並ぶ様子は、まるで昔の正月ドラマのワンシーンのようだった。
美咲(みさき)が親戚たちを紹介してくれた。叔母や叔父、その他の親戚たちだった。私は丁寧に「初めまして」と挨拶した。
「初めまして、よろしくお願いします」と小さく頭を下げる。長野弁混じりの自己紹介が返ってくる。
だが彼らの目は私の持ってきた贈り物に釘付けだった。誰かが方言で何かを言い、部屋中が笑いに包まれた。
「おいおい、最近の婿さんは軽いなぁ、ほんとに」「昔はうちの婿殿、金のネックレスぶら下げて来たもんだ」と土間の方からひそひそとした声が飛ぶ。笑いの合間に、少しばかり皮肉が混じるのも田舎ならではかもしれない。
何を言われたのかわからず戸惑ったが、美咲を見ると、彼女の顔はすでに恥ずかしさで赤くなっていた。
彼女がそっと袖を握りしめる仕草に、思わず胸がきゅっとなった。
贈り物が足りないとでも思われたのだろうか?
一瞬だけ、用意した品の数を心の中で数え直してしまう。
私は日本酒「獺祭」2本、国産たばこ2カートン、高級宇治茶2箱、そして弟さんにはナイキのスニーカーを用意した。合計で10万円以上の価値がある。これが笑われるほどのものだろうか?
百貨店の包装紙と、丁寧に熨斗を付けた箱たち。自分なりに精一杯の誠意を込めたつもりだったが、田舎の親戚衆の基準は予想以上に高かったようだ。
美咲に助けを求める視線を送ったが、彼女は私を無視した。
さっきまでの笑顔が消え、どこか遠くを見るような目をしていた。息をつめて何かを耐えているのだろうか。
ちょうどその時、彼女の父親(佐藤さん)が入ってきた。
家の主らしい重厚な気配。黒いジャケットに、毛糸のマフラーを巻いている。
私は急いで挨拶した。「こんにちは、お父さん。」
背筋を伸ばし、両手を膝の上に添えて、なるべく礼儀正しく。
彼はうなずきもせず、贈り物に目をやった。差し出しても受け取らず、隅を指さして置けと合図した。
「そこの畳の隅に置いといてくれ」と、ぶっきらぼうな声。なんとも重苦しい空気が流れる。
やはり贈り物が問題なのかと、不安が募った。
田舎の見栄や世間体が、都会育ちの自分にはまだ遠い感覚だった。
親戚の一人が口を開いた。「美咲から、君は給料がいいと聞いたのに、これだけしか持ってこなかったのか?うちの婿が来たときは、金のネックレスがなければ家に入れなかったぞ。」
「いまどきはもっと気前がいいもんだよ」と、古い世代の価値観がにじむ。
町の周りは田畑ばかりだったが、ここまで見栄の文化が強いとは思わなかった。
町の人間関係の複雑さが、改めて身に染みる瞬間だった。
私は無理に笑って答えた。「三点セット(金の指輪・ネックレス・イヤリング)はすでに買ってあります。結婚式の時に渡します。」
丁寧に言葉を選び、角が立たないように説明した。
「結納金はいくらだ?」
「二百八——」
言いかけたところで、美咲の父親が私の言葉を遮り、ソファの空いている席を指さした。「そこに座れ。」
部屋の隅の座布団へと促される。緊張がさらに高まった。
——この先、何が待ち受けているのか、まだ誰も知らなかった。