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裏切りの婚約金 / 第1話:新年の雪、人生の岐路
裏切りの婚約金

裏切りの婚約金

著者: 西村 拓海


第1話:新年の雪、人生の岐路

新年の朝、婚約のために美咲の家へ向かった。車窓の外、雪が静かに舞っていた。

窓の外は薄く雪化粧し、長野の山あいに静かな正月の空気が流れている。車内の暖房が効きすぎて、窓ガラスが曇っていた。手のひらはじんわりと冷え、けれど心のどこかで、今日は人生の大きな節目になるはずだと気を引き締めていた。

その場で彼女の父親が結納金を値上げ——280万円から660万円に跳ね上がった。

思わず手にしていた袱紗が震えた。手のひらがじっとり汗ばみ、心臓の鼓動が耳に響く。正月のおめでたい席で、まさかここまで露骨な金額交渉があるとは夢にも思わなかった。

さらに、彼女の弟のためにマンションを買うよう要求された。

弟さんの姿をちらりと見る。スウェット姿でゲームに夢中な青年。床にはコンビニのおにぎりと空のペットボトルが転がっている。その横顔に、どこか家庭の重さの影が差しているようにも感じた。

お金を借りに行く途中、父が交通事故に遭った。

冷たい山風にさらされていた頃、父の身にこんなことが起きているとは露ほども知らず、ただ先のことばかり考えていた自分が悔やまれる。

病院で、彼女の家族は大騒ぎし、私が医療費を払うのを拒んだ。

待合室の蛍光灯の下、彼女の親族たちの声が響く。どこか他人事のような冷たさを感じた。

挙句の果てに、そのお金は自分たちのものだと言い張った。

「それはもううちの財産だ」と、彼女の父親は頑なに言い張った。まるで何か古いしきたりに縛られているようだった。

だから結婚式当日、私は彼らの家に葬儀用の花輪を送った。

白菊の大きな花輪には「ご冥福をお祈りします」とだけ書かれていた。誰もが息を呑む中、私は静かにその場を後にした。

結婚式は葬式になった。

誰も予想しなかった顛末に、近所の人たちも噂話に花を咲かせていた。

白菊の香りが、まだ鼻の奥に残っている。

——この夜が、すべての運命を変えることになるとは、まだ知らなかった。

この章はここまで

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