第3話:桜の約束と失われた誇り
西園遥が私を訪ねてきた夜、伊達蒼真が私を呼びつけた。
私は琴を持って彼のテントに入ると、背後から机に押し倒された。伊達蒼真の手が私の衣服に滑り込み、もう一方の手で首筋を掴み、無理やり顔を上げさせた。
彼のキスは荒々しく、激しかった。そこに優しさはなかった。
衣擦れの音が夜の静けさに紛れ、私は思わず目を閉じた。どこか遠い場所で、鈴虫が鳴いていた。
今夜の彼はなぜか特に乱暴だった。机からベッドへ、夜明けまで続いた。
私は疲れ果て、ベッドの端でぐったりしていた。
畳に沈む朝焼けの光が、虚ろな私の顔を照らしていた。私は息を整え、ぼんやりと天井を見上げていた。
伊達蒼真は後ろから私を抱きしめ、問いかけた。
「俺はお姫様と結婚する。嫉妬してるのか?」
その声は低く、どこか挑発的だった。私は答えず、ただ彼の腕の重みを感じていた。
彼は一呼吸置いてから言った。
「お前に姫を妬む資格なんてない。紅子、お前はもう都の桜じゃないんだ。」
久しぶりに聞くその呼び名に、昔の記憶がよみがえった。
都にいた頃、私は確かに有名だった。
思い出すだけで胸が痛くなる。桜の花びらが舞う中、私は琴を弾き、家の縁側から都の若者たちがこっそり覗いていた光景。あの春の甘い香りが、ふと鼻先に蘇る。
多くの役人の息子たちが私を慕い、伊達蒼真もその一人だった。
私のもとに通い詰めた彼の姿は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
あの遊び人たちの中で、彼の求愛は最も大胆だった。
父に殴られるのも顧みず、私の庭の塀をよじ登り、朝露に濡れた桜の花を窓辺に残していった。
濡れた足跡と共に、無邪気な笑顔を見せていた少年の日の蒼真。私はその桜の花を、こっそり髪に挿して学校へ行ったものだ。
春祭りには遊女屋の娘たちに賄賂を渡し、私が姉妹たちと通りを歩くと、遊女たちが手ぬぐいを振り、「紅」の字を作ってくれた。
その光景は今でも、私の心の奥底で淡く輝いている。父や母が見ていたら、どんな顔をしただろう。
両親や兄は、彼の無礼さを咎めた。
だが、私は心の中でひそかに誇らしく感じていた。紅子の名が都に響き渡る、その象徴のような存在が彼だった。
でも、あの夜、私は彼を見上げた。星がきらめき、遊女たちの中で彼だけが白い歯を見せて無邪気に笑っていた。
その瞬間、心が高鳴った。
言葉にできない幸福感が胸を満たした。私はその夜の夢を、何度も繰り返し見ていた。
その頃、隣国との戦争が始まり、多くの貴族の息子たちが武功を立てるため戦場に赴いた。
都の空気が一変し、朝晩の物音さえもどこか張り詰めていた。桜の花が散る頃には、誰もが別れを覚悟していた。
伊達蒼真もその一人だった。
送り出す日の朝、私は彼の背中をそっと見送った。
彼らは急ぎ戦地へ向かい、私は見送りに行く資格もなかった。
遠くからこっそりと、彼の姿を目で追うしかなかった。
だがその朝、私は窓辺に新しい桜の花を見つけた。
その下には、彼らしい豪放な筆致の手紙が残されていた。
——「凱旋して戻ったら、お前を娶る。」
その文字の力強さに、私は胸が熱くなった。何度も何度も、その手紙を指でなぞった。
私は彼の帰りを待つことができなかった。
父は時流を誤って重罪に問われ、家は没収された。
すべてが一夜にして消え去った。母の涙と、兄の苦悩の顔が今も忘れられない。
父と兄は死に、母は首をくくった。
残された私は、軍営の遊女として投げ込まれた。
人知れず泣いた夜は数え切れない。都の桜が地を這う泥に沈む瞬間だった。
最初の夜、何十人もの男たちが飢えた狼のように押し寄せてきた。
「これが都の桜、手の届かない紅子か。」
「都の息子たちが夢中になった美女、今夜は俺たちが初めて味わうんだ……」
絶望に飲み込まれ、私は震え、死んでもいいと思った。
そのとき、銀の甲冑をまとった誰かが現れ、血に染まった薙刀でその場を制した。
刃先が月明かりを受けて光る。その姿は、夢か現か判別できないほどだった。
「俺の女に手を出すな。」
「死にたいのか。」
三年ぶりに再会した伊達蒼真は、日焼けし、痩せ、顔には傷があった。
だが、私を抱きしめる彼の腕は、宝物を扱うように優しかった。
「無事でよかった。」
恐怖で彼の手はわずかに震えていた。
その震えに、私も涙を堪えきれなかった。
彼は私が病気にならないか心配し、自分のテントに私を移し、暇があれば川辺や草原に連れ出してくれた。
彼と二人、朝霧の中で川辺に座り、魚の跳ねる音を聞きながら琴を弾いた日々。戦場の中にも、小さな幸せがあった。
私が琴を好きだと知り、あの貧しい田舎でどうにか琴を見つけてベッドに置いてくれた。
私は彼のために一曲弾き、彼は春風のような笑みを浮かべた。
「紅子の琴が聴けるなら、死んでもいい。」
そのとき、私は本当に彼に身を委ねられると思った。
あの日の彼の笑顔は、今でも私の支えだった。
伊達蒼真は有能で、わずか一年で軍功を上げ、出世した。
彼の噂は軍営の隅々まで広がっていた。私の心は、誇りと安堵で満たされていた。
彼の庇護のもと、誰も私に手出しできなかった。
私は、彼の影に守られて過ごした。だが、いつしかその影が重く感じられるようになった。
彼は夜遅くまで将校たちと付き合い、時には若く美しい遊女たちを呼んで本営で宴を開いた。
賑やかな笑い声と盃の音が遠くから響き、私は布団の中で耳を塞いだ。
私はその声を聞きながら、最初は彼がその場にいるはずがないと自分に言い聞かせていた。
だが、ある夜、彼が突然私をベッドで乱暴に裏返し、屈辱的な姿勢を強いたとき、私は拒んでしまった。
私は必死に彼の腕を押し返し、嗚咽混じりに「やめて」と叫んだ。その瞬間、彼の目に一瞬、傷ついたような色が浮かんだ。
彼は眉をひそめた。
「これも駄目か? あいつらは……いや、もう寝よう。」
彼は苛立ち気味に体を洗い、いつも通り私を抱いて眠った。
だが、私は彼の言いかけた言葉が頭から離れなかった。
みんな大丈夫なのに。
みんな軍営の遊女なのに、なぜ私だけ駄目なのか。
私の心は沈んだ。
夜ごと、孤独が胸を締め付けた。私はただ静かに涙を流すしかなかった。
戦が続き、伊達蒼真は多忙を極め、私のもとに来ることも減った。
夜の冷気が、私の心に忍び込んだ。
大胆な自衛隊員たちは、私が見捨てられたと思い込み、夜中にテントに忍び込んできた。口と鼻を塞がれ、悪臭漂う口が私に押し当てられた。恐怖で抵抗したが、頬を平手打ちされた。
その時の恐怖は今でも夢に見る。私はあの夜、心の中で何度も叫んでいた。
一瞬で耳が鳴り、意識が遠のいた。
闇の中で、誰かの名前を必死に呼んだ気がする。
幸い、伊達蒼真が間一髪で戻り、私を抱きしめてくれた。
その腕の中で、私は全身を震わせた。
私は彼がその男を罰すると思ったが、数日後、またその男を見かけた。
彼は何の怪我もなく、焼き鳥のそばで仲間と笑い合っていた。
「伊達将校が女のことで俺と揉めるはずがない。酒も飲んだし、『女は着物、仲間は命』だってさ。」
「本当にあの女は柔らかかった。次は絶対にものにしてやる。」
目が合うと、彼は舌なめずりをした。ぞっとした。
悪夢のような光景が蘇った。
私は恐ろしくなり、伊達蒼真に問いただした。
彼は机で書類を読んでいた。私の声に眉をひそめ、私を膝に乗せて首筋を撫でた。
「紅子、あいつの叔父は俺の副官で、命の恩人だ。俺にはどうにもできない。」
「公的にも……軍営の遊女をからかった程度で、罰する理由がない。」
私は呆然と彼を見つめた。
彼の手はすでに私の裾に入り、軽薄だった。
混乱の中、彼は私を慰めた。
「お前は俺のものだ。他の奴には手出しさせない。これからは外に出る時は厚着しろ……」
私はこの男を初めて知ったような気がした。
その日から、私は男に頼れないと悟った。地獄から抜け出すには、自分で道を切り開くしかない。
私は一晩中、天井の木目を数えながら、静かに決意を固めていった。
夜明け前、紅子はまだ眠れずにいた――誇りと失望の間で揺れながら、自分の生き方を選ぶ覚悟を強めていた。
続きはモバイルアプリでお読みください。
進捗は自動同期 · 無料で読書 · オフライン対応