第2話:裏切りと喪失の果てに
高田から電話がかかってきたのは、私が依頼主を山へ送っている最中だった。高田は明らかに酔っており、ろれつの回らない声だった。
「吉岡ぁ……俺だよ、タカダ。恩知らずになんなよな、な?俺はお前の幼なじみだしよ……逃げ道、やってやってんだぜ……」
電話口からはアルコール混じりの息遣いと、薄暗い居酒屋のざわめきが聞こえてきた。高田らしい、間延びした口調だった。
「ふざけるな。」私はそう言って電話を切り、すぐに着信拒否にした。受話器を切る指先がじっとりと汗ばんでいた。胸の奥で何かがざわついた。
バックミラー越しに、後部座席の母娘が不安そうな顔をしているのが見えた。私は申し訳なさそうにうなずくしかなかった。彼女たちが怖がるのも無理はない——私は体格が大きく、昔から武蔵坊弁慶や鬼のようだと言われていた。最近は身なりも構わず、無精ひげだらけで、作業着の袖口も油で黒ずんでいる。その姿に、近所の子どもがそっと母親の後ろに隠れることもあった。
私の太い手がハンドルを包み込むたび、娘の視線がすっと下がる。その度に、なるべく柔らかい声で話すよう心がけていた。
高田はかつての相棒であり、幼なじみだった。同じ町の出身で、大型トラックを一緒に運転し、ほぼ同時期に結婚し、運送会社も共に立ち上げた。
あの頃の写真を見ると、並んで笑う高田と私がいる。制服のシャツの袖をまくり、無邪気に腕を組んでいた。
彼はいつも痩せて背が低かった。私は体が大きいので、彼に兄貴と呼ばせ、どこでも面倒を見ていた。道中でトラブルがあれば、必ず私が前に出た。彼は道切りを怖がっていたので、私が代わりにやり、戻ったらご祝儀を半分分け合っていた。
缶コーヒーを分け合いながら、深夜の休憩所で肩を叩き合った思い出が、今でも脳裏にちらつく。
何度も彼に言ったものだ。「俺がお前を連れてきたんだ、必ず無事に連れて帰る。」
それは単なる義理じゃなく、子どもの頃からの口約束だった。肩を並べて歩いた路地裏の記憶が、心の奥に根を張っていた。
私は高田を家族同然だと思い、絆は永遠だと信じていた。しかし、私が両親と病気の妻の世話で忙しい間、彼は会社を食い物にし、資産を移し、裏で個人仕事を請け負い、私に巨額の違約金を背負わせた。
それでも私は彼を疑わなかった——妻の治療費を求めて彼の家の前で膝をつき、最後の二万円で買った豚の角煮を犬に食べさせるのを見てしまうまでは。
高田の家の門の前で、冷たい夜風に吹かれながら、彼の出方をただ信じて待った。だが、彼の瞳にはもう昔の温もりはなかった。
彼はこう言った。「吉岡、お前ごときが俺の兄弟だと?今やお前は俺の犬以下だ。」
言葉は刃より鋭く、心臓を貫いた。私はただその場にうずくまるしかなかった。
結局、私は何とか手術費を工面したが、妻を救うことはできなかった。臨終の際、妻は私の手を握り、「長生、自分を責めないで。高田は冷酷で心のない人間——彼に親切にする価値も、恨む価値もない。子どもたちを大切にして、高田とは距離を置いて。自分を苦しめないで、無理をしないで」と言った。
病室の天井灯が淡く滲み、窓の外では桜が散り始めていた。消毒液の匂いと、遠くのナースステーションの足音だけがやけに大きく響いた。妻の細い指先が私の手を包んでいた。涙が枕元にぽたりと落ち、かすかな微笑みだけが最後の別れになった。
私は妻の手にすがり、声を上げて泣いた。両親の死をようやく受け入れたばかりで、今度は最愛の妻を見送らねばならなかった。朝日が昇るころ、私はまた一人家族を失った。
病院の廊下に射す朝の光が、いつもより白く冷たく感じられた。コートのポケットの中で、指が空しく丸まったままだった。
高田は人間の顔をして犬のように生き、自分の運送会社を設立した。私は全てを売り払い、なおも山のような借金が残った。無茶はできない——息子と娘、年老いた義母がいる。しかし私は心の奥で決めていた。いつか必ず、高田に決着をつけると。
借金の催促状を並べて見るたび、胸の奥に燃えるような静かな決意が生まれていた。催促状はざらついた薄い紙で、朱色のハンコが無数に押されていた。和室の畳の上に並べると、紙の端がわずかに反り返り、畳の感触が足裏にじくじく伝わった。
——復讐の火種は、静かに心の奥で燃え続けていた。