第2話:母の愛とアヤカの嫉妬
勉強は昔から得意だった。子供の頃から、本気を出せば学年一位は私のものだった。
小学校の通知表は「よくできました」で埋め尽くされ、先生たちも私を当然のように褒めてくれた。「ミユキちゃんは将来有望ね」と何度も言われた。
母の美貌も受け継いでいた。
鏡を見るたび、母の面影が自分の中に見えた。長い黒髪、整った鼻筋、薄い唇。母親譲りの目元が私の誇りだった。
貧しい家に生まれたこと以外、ほとんど欠点はなかった。
エアコンもない部屋で、汗だくになって勉強した夏休みの記憶。でも私は「貧しさ」すら一つのハンデとして楽しんでいた。
中学の時、母は裕福な会社経営者と再婚し、私には銀行カードを一枚残した。
口座の残高は高校生には十分すぎるほどだったが、それ以外の愛情は一切なかった。
「もう連絡しないで。毎年お金は送るから」
電話越しの母の声は冷たく、事務的だった。私はその言葉を静かに受け止めた。
母は周囲には独身だと偽り、私の存在が再婚に影響しないようにしていた。
親戚や近所には「一人暮らしです」と笑顔で言っていた。世間体を何よりも気にする母らしい選択。
私は何も感じなかった。カードを受け取り、周囲には「私は孤児だ」と言った。
高校の入学式で「ご両親は?」と聞かれても、「いません」と淡々と答えた。誰も深くは詮索しなかった。
私は生まれつき感情が薄い。母は私を好きになったことがなかった。
家族写真を撮るときも、母は私にそっと距離を取っていた。それを不思議とも思わなかった。
母が望んだのは、甘えた声で「お母さん」と呼んでくれる娘——それがたとえ義理の娘でも。
母は自分が思い描く「理想の娘」を求めていただけだった。私はその枠に入らなかった。
やがて、母のInstagramはアヤカの写真で埋め尽くされた。会社経営者の前妻が残した娘、アヤカという明るく美しい子だった。
スマホをスクロールすると、アヤカの笑顔が次々と表示される。「#家族団らん」「#幸せ時間」「#ピンク色のマグカップ」「#和菓子タイム」など、日本の家庭的な小物やハッシュタグで幸せアピールが並ぶ。
母は彼女を半ば抱きしめ、アヤカは不満げに口を尖らせて作り笑いを浮かべていた。
その写真を見た瞬間、胸がざわついた。母と手をつなぐアヤカのぎこちない笑顔が妙に印象的だった。
他人の笑顔が初めて私の胸に刺さった。
今まで感じたことのない感情が残った。嫉妬か憧れか、自分でも分からなかった。
私の人生は淡々としていた。
日々は静かに流れ、時計の針の音だけが耳に残った。
唯一の楽しみは、私の心を揺らす人を探すことだった。
「心が動く瞬間」を探して、毎日周囲を観察していた。
だから私は引っ越し、学区内の60平米のマンションを買い、アヤカが通う高校に転校した。
制服のネクタイを新調し、見知らぬ通学路を歩いた。春の匂いがした。