第1話:LINEの裏切り
ナオは、私がバスタオル一枚で部屋を出る動画をグループLINEに投稿した。
動画がアップされた瞬間、スマホのLINE通知音が何度も鳴り響き、部屋の空気がピリついた。どこかで「やばっ」と誰かが小声でつぶやく。画面には私の名前が繰り返し表示され、バスタオルの端を握る手が一瞬映っただけで、みんなのざわめきが伝わってくる。日本の高校生のグループLINEは、ほんの出来事が一気に噂になる。冷房の効いた部屋が、瞬間的に緊張に包まれた。
そのグループには、かつて私にアプローチしてきた裕福な同級生たちが勢ぞろいしていて、中でもナオの存在感は群を抜いていた。
彼らの名前は、関東の老舗企業の息子や地元有力者の娘など、どこか誇らしげな響きを持つ。ナオは端正な顔立ちとミステリアスな雰囲気で有名で、彼が発言するとグループ内の空気が一変する。
「ナオ、やるじゃん!高嶺の花ゲットかよ、ちょっと分けてくれよ(笑)」
「高嶺の花」なんて、男子高校生の照れ隠しの軽口がリアルに飛び交う。
「ナオ兄、マジでやる時はやるよな。昔からだもん」
誰かの断片的な噂話が、グループの空気をさらに盛り上げていた。
「本当に容赦ないな。入試直前に『お前はガンだ』って告げるなんて。最近、彼女が目を赤くしてたのも納得」
「試験が終わったら即、別れるんだろ」
噂好きな女子たちが既読スルーしている様子が目に浮かぶ。彼らの会話には、どこか残酷な遊び心が混じっていた。
ナオがだるそうにボイスメッセージを送る。その声は、私の前で見せる哀れな演技とは全く違っていた。
冷たく計算高い響き。病院で弱々しく振る舞うナオとは別人——舞台裏の素顔を覗かされた気分だった。
私は彼に付き添って何度も病院に足を運び、成績もガタ落ちだった。
定期テストの成績表には、今まで見たことのない赤点が並び、担任が「最近どうした?」と心配そうに小声で声をかけてきた。「大丈夫です」と私は笑ってごまかした。
ナオはベッドで弱々しく横たわり、偽造したガンの診断書を見せてきた。目には偽りの優しさ。
病室の白いシーツ、消毒薬の匂い、夕焼けの光が差し込む中、ナオは完璧に演技していた。カーテン越しには看護師の足音や点滴の機械音が微かに響き、静けさと緊張感が漂う。彼の爪がきれいに整えられているのが妙に現実離れして感じた。
「ミユキ、ごめん。僕のせいで君まで巻き込んでしまった。もう治療費にお金を使わないで」
涙声は芝居じみていて、「優等生の彼女」へのセリフだと分かった。
彼は私が全財産を使い果たしたことを知っていた。
財布のクレジットカードも残高ゼロ。ATMの数字が冷たく現実を突きつける。
ナオは私が諦めるのを待っていたが、私がさらに三百万円を工面したのは予想外だった。
通帳の「振込 三百万円」を見た瞬間、ナオの目が一瞬揺れた。
グループLINEが再び騒然となる。「あの女、顔以外に何があるんだ?なんでミユキはあいつなんか好きになるんだ?」
「ミユキは家まで売ったらしい。あれは母親の唯一の遺産だったのに」
「恥知らずのクズ。ケント、お前はミユキに真実を話したのか?」
「やばい、グループ間違えた!ナオもいるぞ。早く消せ!」
動揺が画面越しに伝わる。既読マークがどんどん増え、通知音が連続で鳴り、みんなが一斉にスマホを取り出しては次々とメッセージを即削除。
削除が続き、病室のベッド上でナオの顔は死人のように青ざめていった。
蛍光灯の下、彼の顔色は血の気を失っていた。日本の高校生にとって噂や裏切りは、どんな病気よりも恐ろしい。私はただ静かにナオの手元を見つめていた。
春の匂いが、部屋の中に流れ込んできた。私はスマホを伏せて、静かに目を閉じた。次は、誰の仮面が剥がれるのだろう——