第2話:ライブ配信の地獄絵図
その直後、車のドアが開き、ふたりが車内になだれ込んできた。男は彼女をシートに押し倒し、激しくキスを交わし、ふたりはお互いに夢中になっていた。
クラクションが微かに鳴り、ドアの音がトランクまで響いた。新車の芳香剤の香りと、彼女の香水が混ざり合う。後部座席のシートがきしむ音、ふたりの息遣いが、まるで他人のもののように遠く聞こえた。
もう終わりだ。
何もできず、ただ絶望が心を覆っていく。指先が冷えていく感覚だけが、妙にリアルだった。
すべてがカメラに映されている。
ライブ配信のLEDインジケーターが、トランクの小窓から見えた。誰かが今、この瞬間を見ている。私自身の存在が、消えてしまいそうだった。駐車場のアスファルトが熱を帯びてむっとした空気を送り込み、遠くでは蝉の鳴き声が響き、自販機の明かりがぼんやりと光っていた。
私の車はSUVだ。そのとき私はトランクの中で、どうすればいいかわからず呆然としていた。
SUVの広いはずのトランクが、まるで棺桶のように感じられる。サスペンス映画の主人公みたいに、私は完全に閉じ込められていた。
今日は彼女の誕生日だった。本来なら、彼女が下に降りてきたタイミングでトランクを開けるつもりだった。ネットでよく見るあのサプライズ動画のように、トランクが開くと桜の花びらやプレゼントが溢れ、私は花のそばで片膝をつき、ダイヤの指輪を差し出す――そんなロマンチックなプロポーズを計画していた。
ネットで人気の、某ユーチューバーのプロポーズ動画を何度も参考にした。桜の造花はハンズで買い、指輪は心斎橋の小さな宝石店で選んだ。完璧な一日になるはずだったのに。
カメラは彼女の驚きと喜びの表情を完璧に捉えるはずだった。
映像には、彼女が泣き笑いしながら「はい」と答える姿を想像していた。画面越しに、親や友人たちが一斉に「おめでとう!」とメッセージを送るはずだった。
親戚や友人たちは家で待機していた。プロポーズが成功したら、彼女を連れて家に入ると同時に、みんなでクラッカーを鳴らす約束だった。
母はスーパーでオードブルを用意し、父は日本酒を冷やしていた。親戚の子どもたちも、折り紙の花を作って準備してくれていた。
今となっては、ただの修羅場だ。
脳裏には、親のため息、友人の沈黙が浮かぶ。サプライズどころか、人生最大の惨劇になってしまった。
カメラ越しにライブ配信されているのは、彼女の服が浮気相手によって一枚ずつ脱がされていく様子だった。
画面の中で、彼女の赤いカーディガンがシートに落ちていくのが見えた。見てはいけないものを見てしまう苦しみ。手に持っていた桜餅が、ぐしゃりと潰れてしまっていた。手にはあんこのねっとりとした感触が残り、葉っぱの香りがわずかに鼻をくすぐる。その和菓子の温もりさえ、今はただのやり場のない悔しさに変わっていた。
男はにやりと笑い、「なんで彼氏からの電話に出ないの?バレるのが怖いのか?」と聞いた。
男の声はどこか余裕があり、標準語にほんの少し関西弁が混じっていた。「ほんまにバレたらどうすんの?」と、わざとらしく挑発するような口ぶりに胸が締めつけられた。
彼女は彼にキスしながら、息を切らして「怖くないよ。もし電話したいなら、今すぐ彼にかけてみてもいいし?」と返した。
彼女の声に、どこか妖しさが混じっていた。まるで舞台女優のような気取った口ぶりだった。
男は大声で笑い、彼女をシートに押さえつけた。「本当に大胆だな。」
その笑い声が、車内に響き渡る。まるで自分の存在が完全に無視されている気分だった。
彼女はからかうように「スリルが欲しいんでしょ?なら、もっと楽しもうよ」と応じた。
「ねぇ、どうせなら徹底的にやっちゃおうよ」と、普段の彼女からは想像できない言葉だった。私はただ唇を噛み締めるしかなかった。