第1話:夏の静けさに沈む町
私はかつて、人としての一線を越えた事件を担当したことがある。
——まるで薄暗い部屋の隅に潜む、直視したくない闇に触れたときの胸騒ぎが、今も消えない。刑事として凶悪事件をいくつも扱ってきたが、この一件だけは、夜道でふと立ち止まってしまうほど心に棘を残している。
その事件は、長野県の山あいにひっそりと佇む架空の町・桜川町で起きた。
山々に囲まれ、木造家屋がまばらに並ぶ町並み。軒先には風鈴が涼しげに揺れ、玄関先には朝顔の鉢がずらりと並ぶ。夏になるとアブラゼミの大合唱が一日中響き、夕方には山の端が淡い紫色に染まる——そんな、時間が止まったような日本の田舎だった。
その夏休み、12歳の留守家庭の少女が自宅でひとり出産し、難産と大量出血で命を落とすという事件が起きた。
扇風機の低い唸りと蝉の声が交じる静かな午後。子どもだけの家で、命が生まれ、そしてひっそり消えていった。あまりにも静かな、残酷な悲劇だった。
少女を受け入れた病院はすぐに警察へ通報した——父親が誰であれ、法律違反は明らかだったからだ。
病院の廊下には重苦しい沈黙が漂ったと聞く。医師たちの顔には「またか」という諦めと戸惑いが浮かんでいた、と同僚の木下が後に呟いた。
だが、捜査を進めるうちに、私たちは想像を遥かに超える真実へと近づいていった。
まるで古い土蔵の奥に隠された何かが、無理やり蓋をこじ開けられたかのようだった。