第4話:命をかけた知恵比べ
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部屋の連中が一斉に動いた。僕と田島さんは逃げようとしたが、床に押さえつけられた。ユウジはハサミを拾い、僕の指を一本一本叩いて、「切れと言ったら切れ。どの指にする?」
床の冷たさと、男たちの体重が全身にのしかかった。
僕は腕をねじられ、顔を床に押し付けられて動けなかった。田島さんも押さえつけられ、「兄貴、勘弁してください、彼はまだ若いんです。指なんか切られたら人生終わりですよ、大学出てるんです!」と叫んだ。
田島さんの声が、涙声になっていた。
「大卒?ははは…」ユウジは大げさに笑った。「怖いなあ、大卒は一番怖い…もういい、どの指にするか決めたか?決めないなら俺が決めてやる。箸が使えるように小指にしてやる。俺は優しいだろ?」
その言い方が、逆に不気味だった。
ユウジは僕の小指をまっすぐにして、冷たいハサミを当てた。切られる前から刺すような痛みを感じ、僕はとっさに叫んだ。「兄貴、そのタトゥー間違ってます!」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
ユウジは動きを止めた。「何?」
部屋の空気が、急に静まり返った。
僕は唾を飲み込んで言った。「その腕のタトゥー、運慶の『地獄草紙』の不動明王です。悪人を縛って舌を抜く地獄に送る不動明王だから、本当は剣じゃなくて縄を持ってるはずです。」
自分の声が、どこか他人事のように聞こえた。
ユウジは自分のタトゥーを見て、「間違ってるってのか?」
彼の声には、威圧と戸惑いが混じっていた。
「はい、間違いです。調べればわかります。」
「カズ、ネットで調べろ。運慶の…なんだ?」
「地獄草紙です。」
「そう、それだ。早く調べろ。もし嘘だったら小指も切るからな。」
冷や汗が額を伝った。
カズがしばらくパソコンで調べて、「兄貴、見つけた!ほら、そっくり…あ、本当に縄持ってる。」
田島さんと僕は解放され、顔を見合わせてほっとした。
僕の全身の力が抜けて、その場に座り込んでしまいそうだった。
ユウジは画面と自分の腕を見比べて、しばらく考え込んだあと、突然テーブルを叩いて「ちくしょう、安物の彫り師め。縄より剣のほうが簡単だからこうなったんだ。恥かくじゃねぇか。」
その怒鳴り声に、部屋の空気が緩んだ。
「兄貴、黙ってれば誰も気づきませんよ。」と僕は言った。
僕は勇気を振り絞って、ユーモアを装った。
「どうしてわかる?」
「僕、美術専攻でした。大学で油絵やってました。」
言いながら、また手が震えていた。
「本当に大卒か。」
田島さんは「そうなんです、兄貴。うちの会社のエースですよ。」と笑った。
田島さんの声に、僕も救われる思いがした。
「学者に出会っちまったな。今日は見逃してやるよ。俺もこのタトゥー直さなきゃな。カズ、奥の部屋に財布があったらペンダントが入ってるか見てこい。」