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禁断の夜、25という女 / 第3話:死神ユウジと決死の交渉
禁断の夜、25という女

禁断の夜、25という女

著者: 加藤 海斗


第3話:死神ユウジと決死の交渉

3

僕は田島さんに、博多駅前のバスで財布をスられた場合、取り戻す方法はないか聞いてみた。

社員食堂での昼休み、田島さんは何気なく味噌汁を啜りながら僕の話を聞いてくれた。

「お前の財布がスられたのか?」と田島さんは驚いた。

僕の慌てた様子を見て、田島さんは目を細めた。

「いや、友達のだよ。」とごまかした。「地元だし、何か知ってる?」

田島さんはしばらく考えて、「まあ聞いてみるけど、危ないからな。」

田島さんの表情が急に真剣になり、タバコをくわえて小さくうなずいた。

二日後、田島さんが言った。駅前のバス路線は地元の『死神ユウジ』というあだ名のヤクザが仕切っていて、スリの獲物はまず彼のところに渡さないといけないらしい。

「死神ユウジ」という名を聞いて、僕は背筋が寒くなった。

僕は田島さんに、死神ユウジに会わせてくれと頼んだ。

田島さんはしばらく無言になり、煙草の灰を落とした。

「命が惜しくないのか?あいつらは本当にヤバいぞ。」

田島さんの声は、いつもの冗談とは違い、本気の警告だった。

「揉める気はない。ただ話を聞きたいだけ。財布の中身はやるから、ペンダントだけ返してほしい。」

僕は自分でも驚くほど冷静な声で言った。

田島さんは困った顔をした。「俺、そういう連中とは関わったことないんだよな…」

その言葉に、僕は少し心細くなった。

「頼むよ、田島さん。地元で頼れるのはあなただけなんだ。」

自分の必死さが、相手に伝わっているのが分かった。

田島さんはタバコを一本吸い終えてから、「わかった、聞いてみる。連れて行くけど、現場では俺の言うことだけ聞け。ダメならすぐ引くぞ、いいな?」

その表情は本当に頼もしかった。

「はい、従います。」

僕は深く頭を下げた。

ボロい団地の一室で、田島さんに連れられて死神ユウジに会いに行った。彼は壊れたソファに座り、タバコをくわえたままトランプをしていた。部屋には他にも数人いて、テレビを見ていた。入るとすぐ、ユウジは隣の奴を平手打ちした。「バカ、何回やってもボスが誰かわからんのか?」

団地の外壁は黒ずみ、エレベーターはガタガタと音を立て、玄関には男物のスニーカーが無造作に積み重なっていた。まさにヤクザのアジトといった雰囲気だった。

田島さんはすかさずタバコを差し出し、「ユウジさん。」と呼んだ。

その瞬間、部屋の空気が一段と冷たくなった。

ユウジはタバコを耳に挟み、鋭い目つきで僕たちをジロリと見た。

その目には、何もかも見透かされているような鋭さがあった。

なぜ彼が「死神」と呼ばれるのか、その顔を見てすぐにわかった。やつれた死人のような顔色に、左腕には不動明王のタトゥー。剣を持った不動明王が生きているように彫られていた。

タトゥーの色はくすんでいて、何度も塗り直された痕があった。

「お前がタカシの紹介の…田島か?」ユウジは歯をむき出しにした。

声が低く響き、部屋全体が一瞬静まり返った。

「いえ、田島でいいです。」田島さんはヘコヘコと笑った。

田島さんの腰の低さが、逆に危うさを増していた。

「ふん、田島か。で、何の用だ?」

「…財布の件ですが…」

田島さんが簡単に事情を説明し、「あの財布の件ですが…」と切り出した。

ユウジはタバコの灰を落としながら鼻で笑った。「田島、お前はここのルールを知らんだろうから言ってやるが、盗んだものを返すのはタブーだ。飲み込んだものは吐き出せん。」

その言葉の重みが、どこか仁義の世界の厳しさを思わせた。

田島さんはあわてて「兄貴、違います。ただ聞いてみただけです。無理なら諦めます…」

田島さんの声が震えていた。

「諦める?ふざけるな。俺の話がわからんのか?」ユウジは目を光らせた。

彼の視線に、僕も背筋が凍った。

「すみません、もう帰ります、帰ります…」田島さんは僕を引っ張ろうとしたが、僕は動かず、ユウジを見つめて言った。「財布は要りません。中のペンダントだけ返してほしいんです。そっちは価値ないでしょう?」

僕は必死で自分の声を落ち着かせた。咄嗟の機転だったが、冷や汗が背中を伝う。

「ほう?」ユウジは首をかしげて僕を見た。

ユウジの唇が不気味に歪んだ。

「もういい、帰ろう。」田島さんが袖を引いたが、僕は振り払ってユウジを見つめた。「兄貴、ペンダントだけでいいんです。」

田島さんの手の力が弱まった。

部屋の全員が僕を見て、空気が一気に張り詰めた。ユウジは笑った。「度胸あるな。チャンスをやろう。カズ、ハサミ持ってこい。」

部屋の片隅で、誰かが舌打ちした。

パソコンで遊んでいた小柄な男がハサミを持ってきた。ユウジは言った。「自分の指を一本切り落とせ。どれでもいい。切ったらペンダントをやる。」

ハサミの銀色の刃が、蛍光灯の下で不気味に光った。

僕は田島さんを見た。彼の顔は青ざめていた。僕はしばらく考え、「やっぱりいりません。」と言った。

自分の声が震えていた。

「いらん?いらんと言って済むと思うなよ!」ユウジは突然テーブルを蹴り倒し、僕を指さして怒鳴った。「こいつの指を切れ!」

その声に、部屋の空気が一気に張り詰めた。

この章はここまで

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