第4話:誕生日の夜、家族の涙
赤ちゃんでいる唯一の利点は、わがままが許されることだ。
思い切り泣けば、誰かが必ず駆けつけてくれる。日本の家庭ならではの“甘え”という文化に守られて。
直也と茉莉の顔を数時間見なければ、私はすぐに泣く。
乳母は手慣れた様子で時計を確認し、ちょうどお昼の下校時間だと分かると、二人にLINEを送った。
スマホの画面にスタンプが飛び交い、「いま学校出た」と短い返信が来る。
すぐに電話がかかってきた。「つばめは今日どう?」
茉莉の声を聞くと、私は「あーあー」と口を動かし、スマホに手を伸ばした。
小さな手でスマホをつかもうとして、乳母が苦笑しながら見守っていた。
「お姉ちゃんって呼んで。」
「がーがー!」
電話の向こうから軽やかな笑い声が聞こえ、すぐに直也が電話を受け取った。
彼は乳母や執事に、私の二回目のポリオワクチンと初めてのDPT接種に連れて行くよう指示した。
「午後の診察は混むから、なるべく早めに行ってください」と細かく注文をつける姿は、まるで母親のようだった。
また、毎回どれくらいミルクを飲んだか、排便は順調か、定期的にベビーマッサージをしているかも確認した。
Excelで記録をまとめているという話を乳母が自慢げに語っていた。
この間、彼はほとんどプロの「男ママ」と化している。
名門高校の生徒でありながら、育児の知識まで完璧に身につけてしまった直也。友人たちからは「篠原パパ」とからかわれているらしい。
家に帰ってくると、必ず私にミルクをあげ、おむつを替えてくれる。
茉莉はガラガラで私と遊び、言葉の練習をしてくれる。
彼女は手作りのぬいぐるみも作ってくれた。裁縫箱から針山を取り出す仕草が、どこかぎこちなくて愛おしい。
二人は役割分担がはっきりしている。どちらが私を抱くかでよくケンカするが、以前は静かだった別荘も、今ではどんどん賑やかになっている。
朝は目覚まし時計のベルが鳴る前から二人の声が聞こえ、夕方には笑い声が廊下に響いていた。
今日は、二人は学校帰りにすぐ帰ってこなかった。
大きな欅の木の陰で、私は乳母に抱かれながら待っていた。
執事が優しく私をあやした。「今日はお兄様とお姉様の誕生日で、本家に行っているんです。少し遅くなりますよ。」
「誕生日」――その響きに胸がきゅんとした。
原作では、篠原父と篠原母が珍しく帰ってきて誕生日を祝う予定だった。
赤飯を炊き、桜餅を用意して、家族で囲むはずの食卓。しかし現実は違った。
兄妹は文句を言いながらも、内心では少しだけ期待していた。
子供はどんなに大人ぶっても、親からの愛情を待ってしまうものだ。
だが、両親を長く待った末、電話をかけると、両親は誕生日のことなどすっかり忘れていた。
携帯越しの無機質な声。「ごめんね、今日は仕事で忙しいから」
謝罪も罪悪感もなく、ただお金を振り込んできただけ。
銀行からの着信音が、かえって冷たさを強調した。
お金が足りないわけではない。
足りなかったのは、幼い頃から一度も与えられなかった愛情と気遣いだ。
寂しさが心に積もり、誰にも見せない涙が枕を濡らした。
だからこそ、主人公たちがくれたささやかな温もりを守るため、二人は蛾のように炎に飛び込んでしまった。
ほんの小さな優しさにすがりつき、誰かのために自分を燃やすことが、生きる意味だったのだ。
案の定、帰ってきた二人は、兄は沈んだ顔、妹は寂しげな顔をしていた。
ランドセルを玄関に投げ出し、無言のまま部屋へ向かった。
私の部屋にも寄らず、それぞれ自分の部屋へ直行した。
障子の奥から、そっとため息が漏れてきた。
私はため息をつき、
ひとつ大きく息を吸い、決意を固めた。
必殺技を繰り出した――
「うわーん」
廊下に響き渡る泣き声。夜の静けさを破る、赤ちゃんらしいわがまま。遠くで嵐電のベルが鳴り、庭の池からカエルの声が重なった。
すぐにドアを叩く音がして、直也が険しい顔で私のベッドにやって来て、おむつを確認した。
「うんちもしてないのに、なんで泣くんや?」
眉間にしわを寄せ、困り果てた様子。
私は何も言わず、ただ泣き続けた。彼が抱き上げても、なだめても泣き止まない。
肩に頭を乗せて泣くふりをしながら、兄の温もりをしっかりと感じていた。
直也は困り果て、茉莉を呼びに行くしかなかった。
階段を小走りで上り、妹の部屋のドアをノックした。
彼女は目が少し赤い。元々気分が悪かったのに、私の様子を見てますます苛立ったようだ。
「何よ……」と小さく呟きながら、私のもとへやってきた。
彼女は私を乱暴にベビーベッドに置いた。
「寝なさい。」
その口調に、どこか自分自身への苛立ちも滲んでいた。
私は頭上の風鈴をいじりながら、なんとか声を出してみた。
「しあわせ、しあわせ、しあわせ……」
赤ちゃんのたどたどしい言葉と、風鈴の澄んだ音――
その音色は、まるで夏祭りの縁日で流れる子守唄のよう。
まるでバースデーソングのようだった。
二人は呆然とした。
時が止まったような静けさの中で、二人の目が潤み始めた。
しばらくして、直也は手で顔を覆い、大きく笑った。
「つばめ、お前には敵わんわ」と小さく呟いた。
茉莉もつられて、顔を背けて鼻を鳴らしたが、口元はどんどん緩んでいった。
畳の上に座り込み、肩を震わせて涙をこらえていた。
私はやっとほっと息をついた。
胸の奥の緊張が解け、ゆっくりとまぶたが重くなっていく。
もう寝ようとしたとき、直也がスマホのカメラを起動した。
「もう一回やって。大きくなってSNSで『録画してくれなかった』って文句言われたら困るからな。」
私:>>>
友達に自慢したいなら、そう言えばいいのに。
(本当は、兄妹も嬉しいはずだよね、と心の中で思った。)
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