第3話:名家の兄妹と新たな家族
執事の手際は良く、すぐに私の養子縁組の手続きを終えた。
役所の手続きも、篠原家の権威があればあっという間だった。京都市役所の窓口で、執事が丁寧に書類をまとめていく。
私は若様とお嬢様の正体も知った。
京都市で最も名門の家系――篠原家の双子の兄妹。
その名は京都の寺社や商家でも知られ、町の人々が敬意を払う一族だった。
そして今、私は彼らの妹・篠原つばめとなった。
「つばめ」という名は、祖父が春先に見かけた庭の燕からもらったのだと、乳母がそっと教えてくれた。
まだうらやましがらないで――
なぜなら、二人は幼なじみ逆転恋愛小説の最大の脇役だからだ。
家柄も容姿も申し分ないが、決して「家族の幸せ」を手に入れられない。
世間から見れば完璧な家族。しかしその実情は、ひとつ屋根の下で交わらぬ心だった。
篠原父と篠原母は二人を産んだ後、すぐに離婚し、それぞれ昔の恋人と復縁した。
大きな屋敷に残された二人の幼子。玄関の下駄箱には、いつも二人分の靴だけが並んでいた。
彼らにとって、この子供たちは政略結婚の産物でしかなかった。
家の格式と家柄を守るためだけの存在。節分の豆まきも、ひな祭りの祝いも、一度も家族全員で過ごしたことがなかった。
だから、何年も二人のことをまったく気にかけなかった。
誕生日も、入学式も、祖父母と乳母だけが祝ってくれた。家族写真のアルバムには、両親の姿はなかった。和菓子の甘い香りや、仏壇の鈴の音が家中に響き、折り紙が静かに飾られていた。
愛されたことのない子供が、本当に優しく美しい人間に育つはずがない。
彼らの表情に影が差すたび、私は何度も心の中でそう呟いた。
要するに、篠原直也と篠原茉莉はどちらもかなりひねくれている。
二人とも、心の奥底では愛を欲しがっているくせに、それを素直に表現できない。
血のつながった兄妹だが、仲は悪い。
廊下ですれ違えば、目も合わせずに肩をすくめる。茶の間で会話が続くこともほとんどなかった。
さらに悪いことに、彼らは主人公カップル――悪人の巣窟から這い上がった幼なじみ――と出会ってしまう。
主人公たちはわざと兄妹に近づく機会を作り、二人の間に楔を打ち込んだ。
兄は陰鬱で無関心だが、明るく温かいヒロインに惹かれる。
妹は繊細で愛に飢えており、男主人公のためなら何でも捧げてしまう。
だが、救いは偽りで、彼らはただの踏み台だった。
ほんの一時だけ、家の廊下に花が咲いたような時間もあった。しかし、季節はあっという間に移ろい、花は散った。
最後には利用価値が尽きると、無情に捨てられた。
「人間関係って、そんなものよ」——大人たちが冷めた目で言いそうな現実が、彼らの心を切り刻んだ。
非伝統的な正義感の主人公たちと、入り混じった本音と打算――読者は傑作だと絶賛し、興奮した。
……興奮?私は今、まったくそんな気分じゃない。
乳母が丁寧に作ってくれた輸入ミルクさえ、味気なく感じる。
輸入ものの粉ミルク。どこか人工的な匂いが鼻につき、ほのかな甘みがやけに空しく感じられる。
赤ちゃんというものは、少しでも不機嫌だと泣かずにはいられない。
ミルクの温度がほんの少しでも違えば、不満を全身で表現するのが赤ちゃんという生き物。
やがて、篠原直也と篠原茉莉がやって来た。
玄関の引き戸が静かに開き、廊下に二人の足音が響いた。家の門の石畳を踏みしめ、濡れた制服の重さが伝わる。玄関に漂う線香の香りが、どこかほっとさせた。
乳母は私を抱きながら、困り果てていた。
「お嬢様、どうしても泣き止みません。何をしてもダメで……」
乳母の声は優しく、どこか申し訳なさそうだった。
だが直也が私を抱き上げた途端、私はぴたりと泣き止んだ。
彼の胸に抱かれた瞬間、なぜかほっとする自分がいた。
皆が目を見開いた。
居間の障子越しに、乳母も執事も顔を見合わせて驚いていた。
乳母は笑いながら言った。「お坊ちゃま、妹さんは本当にあなたに懐いていますね。」
その一言で、部屋の空気がふっと和らいだ。
彼は一瞬だけ微笑み、すぐに表情を引き締めた。
「面倒くさいし、また騒いだらゴミ箱に戻すぞ。」
彼の冗談めいた言葉に、場が一瞬静まった。
私:「……」
ひどい!
心の中でぷんすか怒り、足をバタバタさせて抗議した。
私はすぐに茉莉に手を伸ばして抱っこを求めた。彼女は少し驚いたが、慎重に手を差し出した。
彼女の手は少し冷たくて、でも優しさが伝わってきた。
だが直也は私をしっかり抱いて、歩き出した。
「眠いんや。次はお前が抱け。」
廊下を歩きながら、直也は私の背中をそっとぽんぽんと叩いた。
茉莉は歯ぎしりしながら言った。「……明らかに私に抱かれたがってるでしょ。渡してよ。」
彼女の声に、幼い嫉妬がにじんでいた。
「お前は不器用やから、落として死んだらどうする。」
直也は意地悪そうに目を細め、声のトーンを下げた。
「直也!」
彼女の抗議も、どこか兄妹らしい温もりを含んでいた。
……
兄妹の言い争いを聞きながら、私はだんだん眠くなり、小さな拳を握りしめて目を閉じた。指をしゃぶりながら、乳母の着物の柄をじっと見つめていた。
心地よい揺れと、遠くで聞こえる風鈴の音が子守唄のようだった。
兄も妹も、本当は優しい子たちだ。
絶対に主人公たちを近づけさせない。
心に小さな炎を灯し、私は静かに誓った。
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