第2話:ゴミ箱の中の転生
溺れている子供を助けて意識を失った瞬間、私は来世では、母の高級スキンケアの香りに包まれて目覚め、由緒ある家柄の父の豪快な笑い声を聞き、会長である祖父の大きくて安心感のある手に撫でられたいと願った。
あの水の冷たさを感じながら、「来世こそ幸せに」と心の奥で願った。和室の障子や畳の香り、金木犀の咲く季節に家族の声が響くような、そんな生活を夢見て。
だが目を開けると、私は静かにゴミ箱の中に横たわっていた。
ごみ収集車の音が遠ざかり、風がひゅうと隙間を抜ける。冷たい金属の感触が背中に伝わり、夢から現実へと突き落とされた気がした。
ふん。善人には良い報いがあるって言ったのに、なんでこんな悲惨なスタートなんだ?
神様、どうか冗談であってほしい。涙が頬を伝うほどの悔しさに、歯を食いしばった。
蓋は閉まっている。
暗闇の中で、ほこりの匂いと残飯の臭いが鼻をつく。思わず息を止めてしまい、胸がきゅうっと締め付けられる。
あらゆるゴミの臭いが混じり合い、私はもう少しで窒息しそうだった。
ここで終わってしまうのかという不安が、じわじわと心を蝕んでいく。
小さな手――蓮の根のようにぷっくりして節がある――を見つめ、私はしばらく黙り込んだ。
見慣れない自分の手、まるで和菓子のようなぷっくり感。これが新しい私なのだと、思い知らされた。指をしゃぶってみるが、苦い味がした。
どうしようもない。
生き延びるためには――泣くしかない。
わあ、と声を張り上げ、精一杯存在を知らせるしかない。日本のどこかの隅で、ひとりきりの赤ちゃんの叫びが響いた。
どれだけ泣いたかわからないが、やがてこの寂れた路地に異変を感じた誰かが現れた。
瓦屋根の家が並ぶ細い路地。遠くで新聞配達のバイクが走り去る音がした。
革靴がアスファルトを擦る音が近づいてくる。
その音は、だんだんと大きく、確かなものになった。
再び光を見る瞬間の救済感を、誰が理解できるだろう?
薄暗い空間から差し込む光は、まるで神様のいたずらのようだった。
私は目を見開いて、きちんとしたスーツに白い手袋をした中年男性を見上げた。
「おや……」と呟いたその声は、どこか落ち着きのある京都弁まじりだった。
執事だ!私を迎えに来てくれた執事なのか?
あの有名なテレビドラマの執事のように、丁寧なお辞儀をしてくれそうな雰囲気。心の中で「当たり!」と叫ぶ。
やっぱり私は本物のお嬢様で、悪い乳母に取り替えられたに違いない。
これも昔話みたいだ、と勝手に納得した。日本昔話の“取り替え子”伝説が脳裏をよぎる。
私は彼に向かって手を伸ばした。
指先が震えたが、祈るような気持ちで腕を突き出した。
早く、温泉付きの広い別荘に連れて帰って、贅沢な生活を満喫したい。パパとママを心配させないで。
雪見障子のある和室で、おせち料理を囲みたい。お年玉もたくさん欲しい。
数分後、私は黒塗りの高級車の中にいた。
シートの革の匂いがほんのりして、車内にはクラシック音楽が微かに流れていた。
後部座席には、名門私立高校の制服を着た双子の高校生が二人座っている。
男子は詰襟、女子はセーラー服。制服の刺繍に名門校の校章がきらりと光る。
執事は気まずそうに言った。「若様、お嬢様、ここからそう遠くないところに下町やいくつかの定時制高校があります。この子は捨て子でしょう。まず交番に連れて行きましょうか?」
「交番……」という言葉に、思わず身体がこわばる。日本ならではの児童相談所の制度が頭をよぎる。
私:「……」
言葉にならない。赤ん坊の立場はあまりにも弱い。
辛い。
二人――現実離れした美しさ――は冷たくうなずいた。
彼らの横顔は、まるで舞妓さんのような端正さ。目の奥にはどこか物憂げな影。
執事は安堵の笑みを浮かべた。「それでは、しばらくお二人にお世話をお願いしましょう。」
執事の京都弁混じりの語り口は、どこか優雅で、緊張の空気を和らげた。
私は若様の腕に押し込まれた。彼はぎこちなく私を抱き、どうしていいかわからない様子だ。
手が大きく、微かにハンドクリームの香りがした。男子高校生らしい、ちょっと不器用な動き。
私は美形に弱い。
これほど完璧な顔を間近で見て、つい手を伸ばして触ってしまった。
その頬の柔らかさ、温かさ。思わず指先でそっとなぞってしまう。
お嬢様が一瞬だけ、口角が上がった。計算高そうな笑みを隠すように、すぐに視線を逸らす。
彼の顔色は一気に曇った。眉がピクリと動き、口元がすっと硬くなった。
彼は私を彼女の腕に押し付けた。「面倒くさいし、お前が持てよ。」
男子の声は少し低く、無関心を装っていたが、どこか照れも感じられる。
お嬢様も一瞬で同じくぎこちなくなった。
女子の細い腕が、おそるおそる私を抱えた。制服のスカーフがふわりと揺れる。
二人のよく似た美しい顔を見て、私は思わずくすくす笑ってしまった。指をしゃぶりながら、無邪気に二人を見上げる。
その仕草は、春の桜の花びらが舞うように、静かに二人の間に和やかな空気を生み出した。
彼女も無意識にその笑いにつられ、口元が少し緩んだが、若様の横目を感じてすぐに口を尖らせた。「ゴミ臭い。くさい。」
彼女の声は、どこか京都の女学生らしい棘があった。
そして私を真ん中の席に座らせた。
三人で並ぶと、まるで家族写真のような構図だった。少しだけ、心が温かくなった。
車内は広く、三人でも十分余裕がある。
革シートがしっとりと身体を包み、窓の外には町家の軒先が流れていった。
だが、児童養護施設で待っている悲惨な未来を思うと、私は力の限り泣き叫んだ。
泣き声が車内に響き、京都の古い町並みに反響した気がした。
若様はその騒がしさにうんざりし、私を抱き上げた。
彼の顔が目の前に迫り、呼吸が少し早くなった。
その顔を見て、私は涙を浮かべたまま思わず笑顔になった。乳母の着物の柄をじっと見つめ、赤ちゃんらしい仕草を忘れずに。
涙と笑顔が入り混じり、赤ちゃんらしい無邪気さで場の空気を和らげた。
彼が私を下ろすと、私はまた泣いた。
お嬢様が抱き上げると、私はまた笑った。
彼女の髪に顔を埋め、微かな石鹸の香りを吸い込んだ。
彼女が下ろすと、私はまた泣いた。
突然、二人は興味を持ち始めた。
兄妹は顔を見合わせて、小さな実験を始めたようだった。
まるでリレーのように、私を抱き上げては下ろし、何度も繰り返した。
「はは、こいつ、どっちの方が好きなんやろな?」
「さあ?私の方が好きに決まってるやん?」
京都弁の軽口が飛び交い、兄妹らしい空気が流れる。
「ははは――」
「うわーん――」
「ははは――」
「うわーん――」
車内はさながら漫才のような雰囲気になり、執事が苦笑いを浮かべて見守っていた。
何十回も繰り返したところで、執事の穏やかな声が割り込んだ。
「交番に着きました。」
低く落ち着いた声に、現実へと引き戻される。
私はその瞬間、車の屋根が吹き飛ぶほどの大声で泣き出した。
「ぎゃー!」という叫びは、町内会の人が振り返るほど。
若様とお嬢様は顔を見合わせた。
戸惑いと、ほんの少しの親近感が目に浮かんでいた。
数秒後、二人は同時に口を開いた。「この子、うちで引き取ろう。」
泣き声が家中に響き、どこかでカラスが驚いて羽ばたいた。