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牢獄で出会った運命の人 / 第5話:裏切りと別れの約束
牢獄で出会った運命の人

牢獄で出会った運命の人

著者: 森下 慎


第5話:裏切りと別れの約束

私は彼の世話を始めた。

——「これが、私の役割なのかもしれない」心の奥で、誰かに認められたような気がした。

二日間、無理やり食べさせた。三日目、ようやく生きる気が出たのか、膳を持っていくと自分で箸を取った。

——箸を取る手つきに、かすかな希望が見えた。日本人にとって、箸は生きる証でもある。

「自分で食べるの?今日は元気だね?」

彼は私を見て、ゆっくりうなずいた。

——その小さなうなずきが、なぜかとても嬉しかった。日本人は、言葉より仕草で気持ちを伝えるものだ。

ちょっと物足りない——今日は大きな楽しみを失った気分だ。

——「世話焼きの醍醐味が減ったな……」と、少し寂しく思った。

肉を全部食べられたら困るので、こっそり箸を伸ばして焼き魚の半分を取った。

彼はそれを見ると、魚の皿を私に差し出した。

——「あ、気づかれた……」でも、その優しさが妙に心に染みた。

私はにっこり。「ありがとう、お兄さん。頭と尻尾はあげるから、お腹を食べてね。」

同房のお兄さんは何も言わず、皿に手も付けず、左足を曲げて膝にご飯茶碗を乗せて食べていた。

——膝に茶碗を乗せる姿は、昔の農家のおじいちゃんを思い出させた。箸の持ち方は不器用だったが、どこか品があった。

箸の持ち方がぎこちなく、よく見えないが、動きが遅く、数粒ずつしかつまめないようだった。

「やっぱり私が食べさせた方がいい?このペースじゃいつまでも終わらないよ。」

——手を差し出しそうになったが、彼の意地を尊重して黙って見守った。

彼の肩がこわばり、すぐに顔を丼に埋めて大きく食べ始めた。

食べ終わると、ゆっくり壁に向き直り、私に背を向けた。

私は好奇心で顔を近づけた。「おしっこ?座ったままじゃできないでしょ?立たせてあげようか?」

——言った後、我ながら無神経だったと反省した。

彼は像のように固まり、動かず、手で耳を塞いだ。

——「あ、私がうるさいせいか……」と、そっと笑みがこぼれた。

私は笑った。

なるほど、私がうるさいから壁に向かって耳を塞いでるだけか。

——牢の中でも、人は人らしく、ちょっとしたことで心を動かすのだと気付いた。

二日後、また中村の十五がやってきた。

今度はきちんとした緑の服に刀を差し、もうこそこそせず、大きな役人に連れられていた。

——緑の裃、立派な刀。時代劇でよく見る格式高い装いだった。下っ端だった十五が、急に立派になったのが不思議だった。

その役人は帯に真珠や玉、象牙をぶら下げ、首は短く腹は大きく、顔は白粉を塗ったような白さ——いかにも悪そうな顔だった。

——白粉の塗り方は、歌舞伎役者を思い出させる。だが、目つきは冷たく、油断ならない相手だと直感した。

「うわ、臭いな。」彼は罵り、ハンカチで鼻を覆い、目もくれず白目をむいた。

——江戸の町奉行が下々を見下す時の典型的な態度だ。反発心がうずいた。

看守長がひざまずいてにこやかに言った。「喜多川様がいらっしゃるとは思わず、掃除が間に合いませんでした。」

恭しく呼んだ。「中村。」

私は驚いた。「十五、出世したの?」

——「まさか……」と目を丸くする。下っ端の十五が、今や役人に名を呼ばれる存在とは。

中村十五は苦笑いし、答えず、牢の中を切なげに見つめていた。

——十五の目に、どこか後ろめたさが浮かんでいた。

「扉を開けろ!中に入りたい。」

看守長はためらい、喜多川様がうなずいてようやく扉を開けた。

十五は駆け込み、髭の老人が薬箱を持って後に続き、薬草の香りがした——医者に違いない。

——薬草の香りは、田舎のおばあちゃんが煎じてくれたドクダミ茶を思い出させた。医者の姿に、わずかな安心感を抱いた。

彼らは灯りをつけ、同房のお兄さんの服をまくり、隅々まで診察した。

私は横で見ていた。

一目見て、息を呑んだ。

鞭や焼き印だけでなく、右手の親指と人差し指はぺしゃんこにつぶれていた。

両足首は折れ、不自然な角度に曲がっていた。右のふくらはぎは骨が見えるほど…それは昔、歴史博物館で見た刑罰だった。

——あまりの残酷さに、吐き気すら覚えた。日本の拷問史の一端を、今まざまざと見せられている気がした。

その時は怖くて一目見て通り過ぎたが、今は間近で全てを見てしまった。

彼と三日間一緒にいて、こんな傷があるとは知らなかった。

この数日間、無理やり起こして食べさせた自分を殴りたくなった。

——「私って、なんて無神経だったんだろう……」胸がきゅっと痛くなる。

医者は診るたびにため息をついた。

ふと何かをささやいた。

十五は泣き崩れた。「ご主人様、我慢しないで…おしっこして下さい。」

彼は何かを思い出し、私に向き直った。「お嬢様、少し外していただけませんか?ご主人様は礼儀正しい方で、女性の前で無礼なことはできません。」

…確かに、この三日間、水の音を聞かなかった。

私は言葉に詰まった。

——日本人らしい恥じらい、そして礼儀。改めて彼の品格を思い知らされた。

「看守長、彼女を外に出せ。」

転生して五十日余り、初めて牢の外に出た——でも気になるのは中の人だけだった。

——廊下に出ると、湿った空気と薬草の香りが漂っていた。牢の外の光が、ほんの少しだけまぶしかった。

水音がやんだ頃、急いで扉に戻って覗き込んだ。

牢の中は十数個の灯りで明るく照らされていた。

医者の手際は見事で、針やメス、糸を使い、酒と塩水で傷を洗い、二メートルもの布で包帯を巻いた。

同房のお兄さんは何度もひっくり返されても微動だにせず、息をしているのかも分からなかった。

二本の指を整復されたときは絶叫し、何人もの看守が押さえても暴れた。

十本の指は心と繋がる——その痛みは想像もできない。名前も素性も知らないのに、その叫びを聞いて、私まで胸が締め付けられた。

——「痛いよね……」と、つい手を握りしめてしまう。

でもいつの間にか、彼は牢の扉越しに私を見て、抵抗をやめ、目を閉じて歯を食いしばった。

私は彼が死んでしまうのではと心配で、手が震えた。

その時、十五の言う「君子で正しい人」の意味が分かった気がした。

君子は、人前で自分の醜い姿を見せたくないのだ。

——「男のプライド、か……」静かに胸が痛んだ。

拷問のような治療が終わると、彼は深く意識を失った。

医者はしばらく休んでから私に言った。「ここでは誰も世話しない。後はあなたにかかっている。」

「薬を処方した——一日二回煎じて、冷ましてから飲ませ、滓まで全部飲ませてください。」

私はうなずき、大事なことを全部覚えた。

——日本人の律儀さで、ノートがあれば全部メモしたかった。

急に腰がむずむずして、虫が這うような感覚がした。

振り向くと、喜多川様の白い顔が目の前にあった。

彼は馬の尻尾のような払子で私の腰を撫で、いやらしい視線で私の腰や尻をなめ回し、十五ににやりと笑った。

「中村もご苦労なことだな。死にかけのご主人に、種付け女まで探してやるとは。」

は?

何よ、種付け女って。私はただ話し相手が欲しいだけなのに!

——下品な言い方に、顔がカッと熱くなった。日本人はこういうとき、言葉に詰まってしまう。

中村十五は拳を握りしめ、無理やり笑顔を作った。「喜多川様のおかげです。もう一つお願いが…毎日医者を呼んで薬を替えてもらい、下働きの者を雇って掃除を…」

喜多川様は北を向いて手を挙げ、嘲笑した。

「今日ここに入れたのは当主のご慈悲だ。感謝を忘れるな、中村。」

「もう十分だ。見たろう、傷も治療した。さあ行け、中村——当主のお側に仕えろ。」

十五は悔しそうだった——皆、その意味を察していた。

彼はこの一度の面会のために、ご主人を裏切ったのだ。

十五の目は腫れていた。彼は私の前に戻り、三度頭を下げ、低い声で言った。

「お嬢様はお優しい方です。ご主人様を託します、安心です。」

「私は身分が低く、これ以上のことは約束できませんが、看守長には話しておきました——食事は毎日きちんと出します。秋の後、首を落とされても、必ず立派な葬儀をし、墓守も一生続けます。」

ああ、実はいい人なんだ。

私はその意味を悟った——これから数ヶ月、彼はもう来られない。この面会は別れなのだ。

何人かの看守が枕や布団を運んできて、床に投げた。

——日本の布団の柔らかさを思い出し、胸がじんわり温かくなった。

皆が去ると、牢は静まり返った。

残ったのは私と同房のお兄さんだけ。

しばらく座って、布団を敷き、彼をそっと寝かせ、自分も隣に横になった。

薬の香りが落ち着き、布団は柔らかく、私は心地よく目を閉じた。

——「久しぶりに、ちゃんと寝られそう……」そう思いながら、ふと昔のことを思い出した。

「お兄さん、きっと偉い役人だったんだろうね——どうしてこんな目に?」

「政敵に陥れられたの?」

「牢に入っても、走り回ってくれる人がいるなんて、ちょっと羨ましいよ。」

——「私にも、いつかそんな人ができるのかな……」

私は寝返りを打ち、三本指を立てた。

「私たち、苦労兄妹——同じ日に生まれなくても、同じ日に死のう。」

——日本の忠義や絆を思わせるフレーズ。ちょっと照れくさいが、今は素直な気持ちだった。

自分の首を触った。「首を落とされるって、痛いのかな。」

——思わず首筋をなぞる。日本刀の切れ味を想像して、背筋がひやりとした。

返事はない、音もない、呼吸すら聞こえない。彼の左腕が私の右腕に触れて——熱かった。

顔に手を当ててみた。

やばい、熱がある!

私は咳払いした。

「誰かー!この旦那様が熱出してる——解熱剤は?看守長のおじさん、タオルとアルコールと濡れ布巾持ってきて!」

——声は虚しく牢内に響いた。日本の病人には、まずお粥と濡れ布巾なのだ。

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