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消された娘の声が響く夜 / 第4話:キャビネットの声
消された娘の声が響く夜

消された娘の声が響く夜

著者: 大野 涼


第4話:キャビネットの声

その夜、私たちは警察に電話し、娘が行方不明になったと届け出た。

電話口で妻が涙ながらに「カナがいなくなったんです」と叫ぶ声は、私の胸を締め付けた。近所の人たちも駆けつけ、懸命に娘の名前を呼びながら探してくれた。

当時は子供の誘拐事件も多く、美智子が警察の前で泣き崩れる姿に、誰も私たちを疑わなかった。

警察官たちは家中を調べ、何度も質問してきたが、私たちはうまく嘘をつき通した。

二十年の月日があっという間に過ぎた。

季節は巡り、桜が咲き、梅雨が過ぎ、雪が降った。私たちは何度か古い家に戻ったが、美智子と私は暗黙の了解でそのことに触れなかった。

地下室を確認することもなかった。

だが今回は、息子の結婚のため、どうしても行かなければならなかった。

「神主さんが『亡くなった人はきちんと弔うべき』と言ってたのは、カナが弔われていないからだろう。彼女を家の墓に埋めて、安らかに眠ってもらおう。息子の結婚に影響が出ないように。」

私は仏壇に手を合わせながら、心の中で何度も「許してくれ」と呟いた。

美智子は「そうね、今すぐ行って。息子の結婚が遅れるわけにはいかない」と言った。

妻は手早く小さな風呂敷に数珠と線香を包み、私に手渡した。その仕草に、彼女の焦りと不安がにじんでいた。

私はその夜、古い家に戻った。

夜の帳が下り、遠くで犬の鳴き声が響いていた。家は古い木造平屋だった。私は暗闇の中、近所に怪しまれないようにそっと動いた。

家の前の玉砂利を踏むたび、ザクッという音がやけに大きく聞こえた。物置に行き、地下への入り口を塞いでいたコンクリート板を見つけた。

板をこじ開けた瞬間、何か異様な気配を感じた。

冷たい空気が地下からふわりと這い上がり、思わず身をすくめた。どこかから視線を感じるような、不気味な静寂だった。

地下から冷たい風が吹き上がり、顔に当たり、身震いするほど冷たかった。

それだけではない。

板を持ち上げた瞬間、「ドン」という鈍い音が聞こえた。

まるで何かが地下の鉄のキャビネットにぶつかったような重い音だった。

私は恐怖で懐中電灯を落としそうになった。足元がふらつき、冷や汗が背中を流れ落ちた。息が詰まり、手のひらがじっとりと汗ばむ。

息をひそめて耳を澄ませたが、数分待っても音は再びしなかった。

自分を落ち着かせようと、「きっとネズミが人の気配に驚いて逃げたのだろう」と思い込んだ。

そう考えながら、私は階段を下りて地下室に入った。

湿った空気が肌にまとわりつき、埃の匂いが鼻をついた。二十年前と何も変わっていなかった。

何もない真っ暗闇。懐中電灯の光に照らされたのは、隅に置かれた大きなキャビネットだけだった。

キャビネットは錆びつき、塗装もはげていた。

鉄の地肌がむき出しになり、触れれば手が汚れそうだった。

扉にはまだしっかりと鍵がかかっていた。

死体の腐臭はしなかった。

二十年も経てば、カナの遺体は原型をとどめていないだろうし、臭いも消えているはずだ。

私はため息をつき、妻から渡された鍵を取り出し、キャビネットを開けようとした。

「ふふっ」

突然、笑い声がした。

地下の冷たい闇の中で、その声はどこからともなく響いた。

私はぞっとして振り返った。「誰だ?」

声が背中から這い寄るようで、背筋が凍りついた。

誰かが後をつけてきたのかと思った。

「誰かいるのか?」

声を張り上げても、地下室には響きが返るだけだった。

もう一度呼びかけたが、返事はなかった。

娘の遺体を見られてはまずいと思い、周囲をくまなく探した。

物陰や古い棚の裏、隅々まで懐中電灯で照らしたが、誰もいなかったが、隅にミイラ化した動物の死骸があった。猫か犬かはわからなかった。

キャビネットの前に戻り、私は深呼吸して落ち着こうとした。

自分が神経質になりすぎて幻聴を聞いたのだろう、と自分に言い聞かせた。

もう一度鍵を出し、キャビネットを開けようとした——

その時、

「ドン!」

再び大きな音がした。

今度ははっきり聞こえた。目の前の鉄のキャビネットの中からだった。

中は広い。誰かが扉に体当たりしているかのようだった。

激しい音で扉が震えた。

私は手が震え、懐中電灯を遠くに転がしてしまった。

娘の遺体以外に、何か生き物でも入っているのか?

何なのだ?

「パパ」

「パパ、いるの?」

突然、誰かが話しかけてきた。

「ずっと待ってたよ。ここにいるよ、キャビネットの中に。」

聞き覚えのある、懐かしい声だった。

その声は、遠い昔、寝かしつけのときに枕元でささやかれたカナの声にそっくりだった。

それはまるで……カナの声のようだった。

そのことに気づいた瞬間、全身が凍りついた。

「ふふっ、お父さんがやっと見つけてくれた。今度はすごく上手に隠れたでしょ。」

幼い頃の無邪気な声が、冷たい鉄の箱から響いた。間違いない、加奈の声だった。

私は何歩も後ずさりし、恐怖で気が遠くなりそうだった。

背中が冷たくなり、脚が震え、古い畳の上にへたり込みそうになった。

一体どういうことだ?

カナはとっくに亡くなったはずでは?

「ドンドン、ドンドン」

キャビネットの扉が再び激しく叩かれた。「パパ?どうして返事してくれないの?早く開けてよ。」

娘の声は七歳の少女のままだった。

そんなはずがない。

密閉された鉄のキャビネットで二十年も過ごせるはずがない。

じゃあ、中にいるのは一体何なのか?

「パパ、出してよ、開けてよ。」

カナは扉を叩き続け、金属音と絶叫が混じり合った。

私はこんな恐ろしい音を聞いたことがなかった。

足が震え、声も出せず、その場から動けなかった。

「開けてよ、出たいよ。」

「パパ、もうかくれんぼは嫌だ。出してよ。」

「開けて……」

叩く音はどんどん大きくなり、まるで何か恐ろしいものがキャビネットから飛び出してきそうだった。

私はもう耐えきれず、転がるようにして地下室を這い出た。

足元がおぼつかず、廊下の壁を伝いながら、必死に玄関までたどり着いた。鍵も置き去りにし、二度と戻る勇気はなかった。

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