第5話:すりガラスの影
家に戻ると——
私の話を聞いた美智子は、最初は全く信じなかった。
「青山信吾(あおやま しんご)、怖くてカナを弔えなかったから、適当なこと言ってるんじゃないの?この世にそんな怪奇なことがあるわけないでしょ。」
美智子は腕組みをし、私をじろりと睨んだ。彼女の声には苛立ちが滲んでいた。
私は何度も本当だと訴えた。
「本当に聞こえたんだ。あれは絶対にカナの声だった!」私は拳を握りしめて訴えた。
だが美智子は納得しなかった。
ついに彼女は怒って家を出て行った。「あなたには頼れないわ。私がカナを弔ってくる。」
パタパタと玄関の戸を閉める音が響き、私は途方に暮れた。
妻は出て行った。
ほどなくして——
義理の両親から電話があり、結婚準備の進捗や、神主さんに日取りを決めてもらったかを聞かれた。
受話器越しに、旅館の女将である義母の落ち着いた声が響いた。「信吾さん、うちのしきたりも大切にしてほしいんですよ」と、強く念を押された。
義理の両親は老舗旅館の経営者で、風習や日取りをとても気にする人たちだった。
私は本当のことを言えず、妻が体調を崩していると嘘をつき、数日中に神主さんに相談すると約束した。
「それなら、くれぐれも無理をしないでくださいね」と義母が優しい声で付け加えた。私は苦い笑いを浮かべるしかなかった。
電話を切った後、私は缶ビールを取り出し、酒で気を紛らわせようとした。
冷蔵庫を開け、コンビニで買った缶ビールを取り出した。プルタブを開けると、微かな炭酸の音が部屋に響いた。缶の冷たさが手のひらに心地よい。
何本か飲むうちに、キャビネットの中身について考え続けた。
ビールの苦味が舌に残る中、頭の中ではあの「パパ」という声がこだまするばかりだった。
だが、どうしても答えは出なかった。
もし人間なら、密閉されたキャビネットで二十年も生きていられるはずがない。
もし幽霊なら、キャビネットに閉じ込められるはずがない。
考え込むうちに、私は深い眠りに落ちてしまった。
いつの間にか炬燵で丸くなり、テレビの砂嵐の音が遠くに聞こえていた。炬燵のぬくもりに包まれながらも、夜の静けさが耳に重くのしかかる。家の中のどこかで、家具がきしむ音や時計の針の音が、やけに大きく感じられた。
どれくらい時間が経っただろうか。
激しく揺さぶられて目を覚ました。
「信吾、起きて、起きて……」
目を開けると——
美智子だった。
夜はすっかり更けていた。妻は古い家から戻ってきていた。
髪は乱れ、服も破れ、目には恐怖の色が浮かんでいた。
彼女の手は泥で汚れ、頬には涙の跡が乾いて残っていた。
彼女もあの声を聞いたのだとすぐにわかった。
私は震える声で「カナの声、聞こえたのか?」と尋ねた。
「だから、嘘じゃなかっただろう?カナの声がキャビネットの中から聞こえたんだ。本当に気味が悪いよ。」
美智子は呆然としたまま、震える声で言った。「聞こえた、確かに聞こえた。いや、聞こえただけじゃない。私……私、キャビネットを開けてしまったの。」
「なんだって!」
私は飛び起きた。
「誰が開けろと言ったんだ?中には何があった?」
美智子は再び言った。「彼女……彼女は今、玄関の外にいるわ。」
静まり返った家の中に、かすかな足音と幼い女の子の笑い声が響き渡った。そして——玄関のすりガラス越しに、小さな影がゆっくりと動いていた——。
続きはモバイルアプリでお読みください。
進捗は自動同期 · 無料で読書 · オフライン対応