第3話:朝の余韻と新たな旅立ち
翌朝、みんなは日の出を見ようと起き出したが、ウシボスだけは何度呼んでも起きなかった。他の連中は「よく寝るな」とからかい、真理子は「天は公平だ。よく眠れる人は他のことで損をするのよ」と冗談めかして言った。
朝の山小屋のような雰囲気が漂う。コッヘルからは湯気が立ち、インスタント味噌汁の香りが食欲をそそる。誰かがカセットコンロでお湯を沸かし、コーヒーの粉を小袋から取り出し、テントの隙間から差し込む朝日がみんなの顔を照らす。遠くではキジバトが「ホーホー」と鳴き、山の朝らしい静けさが満ちていた。
「何を損するの?」と誰かが聞くと、真理子はイタズラっぽく「寝つきがいい人は、夜の方はイマイチなのよ」と答え、男たちは一瞬顔を見合わせて照れ笑いし、女性陣は「もう~」と手で顔を仰いだり、肩をすくめたりする。温かな掛け合いが、朝の空気をさらに和ませていた。
美咲が「また始まった」と肩をすくめ、エリは遠慮がちに笑い、沙織も「誰が試すもんか。あんなデブ、無理だし」と平静を装って返した。
俺は昨夜の沙織の姿が頭から離れず、今は聖女のように振る舞う彼女に内心驚いていた。「女の人は本当に器用だな」と感心しつつ、コーヒーを口に運んだ。
今日の予定はきつい。キノコ岩のある梧頭山を越え、五キロの原生林を抜け、川や滝を渡り、最終的にビワ谷に着く。
みんなが地図を広げ、ブランドの登山ギアや最新のスマホを手にルートを確認し合う。どこか遠足のようなワクワク感が漂い、登山靴の紐を結び直す手が少し震えていた。
地元の俺や従兄でも五時間はかかる。八人のグループ、男女混合、ウシボスのような大男もいれば、倍はかかる。
「日が暮れる前に着けるかな」と不安げな声も漏れるが、「山の夜は長いからな」と従兄が意味深に言い、俺は苦笑いした。
ウシボスはギリギリまで寝ていて朝食も食べずに荷造りし、「腹減ったー!」と大声で笑いを誘う。真理子は「よく眠れるのは幸せよ」と返し、皆が笑う。ウシボスの「俺は悩みなんか食べて消化するタイプだからな」という冗談で場は和やかになった。
俺は最後尾で、真理子とウシボスが寄り添って歩くのを見て、正直カップルだと思った。二人の笑い声がやけに遠く、自分はまだ恋愛経験もなく、どこか寂しさを覚えていた。
昼前、徐々に歩くペースが落ちていることに気付く。スマホの歩数計を見て「まだこんなもん?」と驚き、従兄がわざとペースを落としていると察した。
昼食時、俺は従兄に相談するが、「俺に合わせてればいい」と余裕の笑み。商売の本質を初めて実感し、地面に乾パンで落書きしながら思い悩む。
午後も同じペースで進み、ようやく日没前に梧頭山を越え、目の前に広がる緑の海に皆が感嘆する。「うわあ、すごい……」とエリが声を上げ、みんなが一斉にカメラやスマホを取り出した。
従兄は「今日はビワ谷まで行けない。夜の山歩きは危険だ」と力強く宣言し、全員が従うしかなかった。
「大丸杭」と呼ばれる巨岩が目の前に現れる。従兄の目は少年のように輝き、「星空は最高だよ」と言うと、沙織は「行きたい!」と目を輝かせた。その勢いにみんなも同意し、夜空を見ることが決まった。
大丸杭は直径三十メートルほどの円形で、テントをいくつも張れる。普段は観光客を連れてこない特別な場所。夜中にトイレに行く心配をする声もあったが、従兄は新たな商機を見つけたような目をしていた。
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