第4話:本当の瑞希はどこに?
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走った。
「……また冗談でしょ。」
私は必死で平静を装い、いつものように彼女が笑い出して脅かし成功と喜ぶのを待った。
目線を逸らしつつ、心の中で「早く笑ってよ」と念じる。
しかし——
数秒が経っても、瑞希はじっと私を見つめたまま、冷たく奇妙な視線を崩さない。
その静かな圧が部屋を支配する。私は喉を鳴らし、思わず背筋を伸ばした。
いつもの彼女とはまるで違った。
まるで、さっきまでの明るい従姉とは別人。眉の角度も、口元の筋肉の動きも違うように見える。
私は言葉を失い、体がこわばった。とにかくこの部屋から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
手汗がにじみ、足先が冷たくなる。喉がカラカラに渇き、視界の端がぼやけてくる。「いやだ…」と心の中で叫ぶ。
今の従姉は、まるで何かに取り憑かれたか、あるいは長年演じてきた仮面を外した狂人のようだった。
一瞬、幼い頃に見たホラー映画のワンシーンを思い出す。あの時と同じ、説明できない恐怖が体を包む。
突然、彼女は立ち上がり、私の顔にぐっと近づいた。
椅子がギシッと軋み、私は思わず息を呑む。
「ねえ。」
私はびくっとして、全身が震えた。
目と目が合う。瑞希の瞳に、自分の顔が小さく映る。
彼女はさらに顔を近づけ——そして突然大笑いした。
「本当に怖がったのね、弟くん!」
張りつめていた空気が一気に弾け、私はへなへなと腰を抜かしそうになる。
彼女は椅子にどさっと座り直し、いつものずる賢い笑顔に戻った。イタズラが成功して大満足の様子だ。
口元に手を当ててゲラゲラ笑い、肩を揺らす。私は唇を尖らせ、無言で抗議するしかない。
「ふう…」私はため息をつき、クッションを彼女に投げつけて叫んだ。
「瑞希、いい加減にしてよ!」
クッションが瑞希の頭にポスンと当たり、彼女は「きゃっ」と笑う。「ほら、やっぱり怖がってた!」
「ははは!」彼女はますますご機嫌だ。
「そのうち絶対仕返ししてやるからな。」私は諦め顔で言った。
「望むところよ」と瑞希。いたずら好きな彼女らしい返事だ。
彼女はノートパソコンを片付けながら言った。「ちょっとした実験よ——それに、さっきの質問の答えにもなったでしょ。」
「質問?」
「ほら、どうして人は類人に説明のつかない恐怖を感じるのかって。私の実験で分かったでしょ。」
「…要は、知ってる人が急におかしな態度を取ると、それだけで怖いってこと?」私は納得しながら尋ねた。
さっきの彼女の表情を思い出し、私は納得した。「なるほど。知っている人が急に不気味な態度を取ると、それ自体が不気味の谷なんだね。」
瑞希は誇らしげにうなずき、指をパチンと鳴らす。
「そう、その通り。」彼女は指を鳴らした。「もし私が類人だったとして、まだ欠陥が見抜かれてなくても、さっきあんたは怖かったでしょ?異常な振る舞いが未知を生み、恐怖を感じるのよ。」
「…つまり、人は違和感に名前をつけられないときこそ、一番怖いってことか。」
私はうなずかずにはいられなかった。納得だ。
「で、猿人と類人の話、書けそう?」
瑞希はバッグを肩にかけ、ため息をついた。
「まだだわ。類人の欠陥って何なのか、もう少し考えないと。」
「焦らず、じっくり考えなよ。…いいアイデアが浮かんだら、また教えてよ。」
「まあね。」彼女は手をひらひら振って部屋を出ていった。
足音が廊下に消え、私の胸の鼓動もようやく落ち着く。
ドアの鍵が開き、彼女は外に出て、ふと立ち止まり、低い声で尋ねた。
「隼人、さっき私の話に出てきたセリフ、覚えてる?」
「どのセリフ?」
彼女は振り向かずに言った。「類人は『神ですらその存在を知らぬ』と言ったわ。じゃあ、一体どこから来たと思う?」
バタン、とドアが閉まった。
玄関の引き戸の音がやけに大きく響く。その余韻の中で、私はしばらく呆然と立ち尽くした。
なぜか、真昼だというのに背筋に冷たいものが走った。従姉の最後の言葉が頭から離れない…
その夜は、部屋の明かりを消すのが少し怖かった。