第3話:毒舌俳優と1億円の通知
呼び出し音を待つ間、HDカメラが私のスマホの連絡先名をズームで映し出した。
【プリプリ尻の毒舌青年】(映画俳優・高橋隼人の登録名)
(やってしまった。まさか、全国に晒されるとは。観覧席からも、思わず「えっ」と小さなざわめきが起きた。)
……
しまった、連絡先名を変え忘れてた。
(汗が首筋をつたう。制作スタッフの中に、クスクスと笑っている人もいる。うわぁ、後で絶対ネタにされる。)
皆が私を宇宙人でも見るような目で見ている。私は気まずくて、乾いた笑いを2回漏らした。
(まるで教室で黒板消しを落とした時のような、あの視線。冷や汗が止まらない。)
「えっと、真実か挑戦かゲームで負けて、そのままにしてたんです。」
(フォローのつもりで言ったが、余計に変な空気になる。ADが「まあまあ」と目配せしてくれるのが救いだった。)
派手な着信音が鳴り続ける。このまま10秒以内に出なければ、失敗だ。
(携帯のバイブが微かに指先を震わせる。お願い、早く出て……と心の中で祈る。)
スタジオの空気が凍りつくほどの緊張感。
(誰もが固唾を呑んでいる。観覧席のおばさまたちも、口元に手を当てて見守っている。)
江里奈が私の肩を叩いて、慰めるように言った。
「大丈夫だよ、隼人は昨日夜の撮影だったから、まだ寝てると思う。」
(江里奈の優しい声色に、スタジオの空気が少し緩む。やっぱり、こういう時の一言が効くんだな、と感心する。)
へぇ、そんなに彼のスケジュール知ってるんだ。
(心の中で、少し意地悪な気持ちが顔を覗かせる。だが、それを表情には出さず、私は静かにスマホを握り直した。)
【コメント:プリプリ尻の青年、まさにその通りwww】【コメント:その尻でコーラの瓶開けられる?真央ちゃん、やらせてみて!】【コメント:隼人は何を誇ってるの?】【コメント:友達同士の冗談でしょ?】【コメント:絶対付き合ってるでしょ】【コメント:お正月も一緒だった説w】【コメント:美月、必死すぎ】【コメント:あざと女子www】
(コメント欄はすっかりお祭り騒ぎ。SNSも既に賑わい出している予感がする。ネット民の嗅覚は本当に鋭い。)
やっと電話がつながった。
「もしもし?」
男の声がスタジオに響いた。少しかすれ気味で、寝起きの息遣いが混じり、背筋がゾクッとする。
(この声、間違いない。朝の低い声は、ファンならきっとたまらないだろう。スタジオの女性陣が一瞬聞き惚れている気配さえある。)
絶対ベッドでゴロゴロしてるな、こいつ。
(高橋の生活リズムが思い浮かぶ。夜型の芸能人あるあるだ。寝起きの声がリアルすぎて、つい苦笑いしてしまう。)
私は江里奈を疑いの目で見た——彼女は顔を赤らめて恥ずかしそうにしている……
(江里奈の表情が一瞬変わる。そういう関係なのか、あるいはただの憧れなのか。視線の交錯に、独特の緊張感が走る。)
まさか、本当に付き合ってる?
(テレビの中の恋愛事情は、現実よりも複雑だ。だけど今は、それを考えている場合じゃない。)
まぁいいや。趣味が悪いことにご愁傷さま。何でも包み込む「お好み焼き」みたいなもんだ。
(そう思い直して、肩の力を抜く。大阪の実家をふと思い出し、無性に粉もんが食べたくなる。鉄板の上でじゅうじゅう音を立てるお好み焼き。ソースの香りと青のりが鼻をくすぐる。)
うーん、収録終わったら絶対食べに行こう。天かすも多めで、あのパリパリの「せんべい」も入れて。
(そうやって、自分を落ち着かせるのが癖になっている。好きな食べ物を考えると、不思議と緊張が和らぐ。)
高橋隼人は少し不機嫌そうで、上から目線の口調だった。
「美月、今朝の8時だぞ。2時間しか寝てねーんだけど。マジで大事な話?」
(声にはっきりと不機嫌さが滲む。でも、こういう塩対応もファンには人気なのだろう。さすが、芸能人は違うなと感心してしまう。)
私は我に返り、用意していたセリフを言った。
「服を買いたいから、2,000万円貸してくれない?」
(スタジオに緊張が走る。観覧席から小さな笑い声がもれる。私は、内心で「早くツッコんでよ」と祈るような気持ちだった。)
さあ、早くツッコんで。早く私をいじって。
(カンペを持ったディレクターが目を光らせている。私の指先が汗ばんで、スマホが滑りそうになる。)
相手はしばらく息を止めて、間を置いてから——
「いっそ俺の皮を剥いで着れば?」
……
(スタジオの観覧席が一瞬ざわめき、MCが一瞬だけ原稿から目を離した。さすが高橋、独特の毒舌だ。空気が一変する。)
司会者とゲストたちは意味ありげに目配せし、コメント欄は「www」や「冷たい人にアプローチしてる」などで盛り上がった。
(カメラが私のリアクションを狙っているのが分かる。無理やり笑いを作り、番組の流れを壊さないよう気をつける。)
私は諦めず、さらに突っ込んだ。
「たとえあなたが裸で目の前に立ってても、私はズボンのポケットを漁って、あなたのスマホで自分の口座に送金するよ。」
(周りからクスクス笑いが起きる。私も、普段は絶対言わないような台詞を平然と言ってのける自分に驚く。)
「ごめん、男をそんな風に扱えないけど、あなたのちょっとしたお金なら私のもの。」
(高橋がどう返してくるか、内心わくわくしながら待っていた。)
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