第5話:嘘と贖罪
春子さんの死が理奈に余計なプレッシャーを与えるのではと心配し、私は理奈を連れて旅行に出かけることにしました。
「しばらく環境を変えてあげよう」と考え、急いで旅行鞄を詰めました。行き先は理奈の希望で東京ディズニーランドに決まりました。
旅先で理奈はとても楽しそうでした。パーク内はポップコーンの甘い香りが漂い、キャストのお姉さんたちが「いってらっしゃい!」と元気な声で手を振ります。親子連れが長い列に並び、非日常の夢のような空気に包まれていました。理奈は数万円もするプリンセスのカチューシャを欲しがり、私は驚いて何とか説得してその場を離れました。
キャストのお姉さんに手を引かれ、キラキラした目で「パパ、お願い」とねだる理奈。その姿が、どこか現実離れして見えました。
その夜、理奈がスマートウォッチで友達とLINEしているのを見かけました。普段は理奈のプライバシーを尊重していますが、その日は退屈だったので保護者用の管理機能でチャット履歴を確認しました。
スマホをテーブルに置いたまま、理奈がシャワーを浴びている隙でした。私はふとした好奇心で、その画面を覗き込みました。
そこにあったのは、私に対する不満のオンパレードでした。「パパ、ガチでケチ」「マジでうざい」「外食もクーポンばっか」と、小学生らしい言葉が並びます。「パパってほんとにダサい」「友達のパパはみんな優しいのに」といった書き込みもあり、私の心に小さな棘が刺さりました。
そんな中、ある女の子が「じゃあパパも刑務所に送っちゃえば?」と提案し、理奈は「だめ、私ガチで公務員なりたいし。パパがなんかやらかしたら困るんだよね」と返していました。その会話はあっけらかんとしていて、子どもらしい残酷さと無邪気さが入り混じっていました。
このやりとりに私は愕然とし、理奈をベッドから引きずり出しました。「本当に川島さんに痴漢されたのか?嘘をついたんじゃないのか?」
私は興奮して声を荒らげてしまい、理奈は驚いた表情で布団を抱きしめていました。理奈の手は小刻みに震え、呼吸も浅くなっています。膝を抱えてうずくまり、目を合わせません。
最初、理奈はごまかそうとしましたが、美咲はその場にいませんでした。
「ママには言わないで」と泣きそうな声で言い訳を始めました。
私が何度も問い詰めると、ついに理奈は白状しました――川島は一度も理奈に触れていません。誰にも痴漢などしていなかったのです。
理奈はぽろぽろと涙をこぼしながら、手の甲で目をこすり、「ごめんなさい」と何度も繰り返しました。手は震え、息は乱れ、幼い背中が小さく震えていました。
川島を陥れた理由は、あまりにも身勝手で恐ろしいものでした。スクールバスが自宅近くを通るのに、川島が決められた停留所でしか降ろしてくれなかったことが気に入らなかったからだと。
「なんで私の家の前で降ろしてくれないの?」という子どもらしい不満が、こんな大きな事件に発展したのです。
他の四人の女の子は理奈の仲良しで、川島が太っていて不細工だからみんなで一緒に陥れた、というのです。
「だって、みんなで悪口言ってたら盛り上がっちゃって……」理奈は声を震わせて説明しました。
理奈は泣きながら私のズボンにしがみつき、「ちょっと懲らしめてやりたかっただけなの。パパ、ごめんなさい。怒らないで……」と訴えました。
私は理奈の頭をなでることもできず、ただその場に立ち尽くしていました。子どもの小さな手が、今にも壊れてしまいそうに感じられました。
子どもの幼稚な悪意と無知に、私は打ちのめされました。理奈は自分のしたことがどれほど許されないことか、まるで分かっていませんでした。私が怒らなければ、それで全てが解決すると信じていたのです。
私は胸が張り裂けそうになりながら、理奈の背中を見つめていました。「どうしたらいいのか……」と、言葉にならない思いが心の中を渦巻いていました。
翌日、私はすぐに理奈を連れて帰宅し、美咲に真実を話しました。
「大事な話がある」と静かに切り出しました。美咲は最初、信じられないという顔をしていました。
美咲は驚き、「このことは絶対に誰にも言わないで」と忠告しました。
「もう二度とこの話はしないで」ときっぱり言い、深くため息をつきました。
「川島さんのお母さんはもう亡くなった。今さら彼を釈放しても、感謝どころか逆恨みされるかもしれない。川島さんが刑務所で死んでくれれば一番いい。私たちが黙っていれば、他の四人の子も黙っているはず。」
美咲は冷静な口調でそう言いました。私はその言葉の重さに、何も言い返せませんでした。
「でも、もし川島さんが死ななかったら?」
私は恐る恐る尋ねました。美咲は少しだけ目を伏せ、やがて「……それでも、私たちは口を閉ざすしかない」と答えました。
五年の刑期は決して短くありませんが、終わらないわけでもありません。もし出所したら、私たちを許してくれるでしょうか?
眠れぬ夜が続きました。窓の外には、静かな街の灯りが滲んでいました。遠くを通る電車の音がかすかに響き、テーブルの上のコーヒーは冷えきっていました。
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