第2話:告発の波紋
数日後、理奈が突然「誰かに触られた」と言い出しました。私たちはすぐに何があったのか問い詰めました。
理奈は学校から帰ってきたばかりで、顔が青ざめていました。制服の袖をぎゅっと握り、小さな声で「怖かった」とつぶやく姿に、私も美咲もただごとではないと察しました。
「今日の午後、スクールバスを降りようとしたとき、運転手が止めて、私のお尻を触らせてくれないと降ろさないって言ったの。すごく怖かった……」
理奈の声は震え、涙がこぼれそうでした。私たちは胸が締め付けられる思いで、耳を傾けました。
理奈によると、そのときバスには他に四人の女の子がいて、みんな同じように運転手に触られたと証言できるとのことでした。
理奈は「みんなも怖かったって言ってた」と、声を震わせながら訴えました。親として、子どもを守る責任を痛感し、胸がざわめきました。
事の重大さを悟った私は、すぐに他の四人の女の子とその親に連絡を取り、理奈が嘘をついていないことを確認したうえで、警察署に被害届を出しました。
電話で話す親たちは、みな動揺し、涙声でした。私たちは集まり、できるだけ冷静に警察に事情を説明しました。
被害者が全員子どもだったため、警察はこの事件を重く見て、わずか一時間でスクールバス運転手の川島誠を逮捕しました。彼は高校卒業の元自衛官で、中年の独身者でした。
川島の逮捕は、マンション中にあっという間に広まりました。制服姿の警察官がパトカーを連ねてやってきた光景は、夕暮れの静かな住宅街にサイレンが反響し、非日常そのものでした。川島さんは私たちの顔を一度も見ませんでした。
川島が警察署に連行されると、激怒した親たちが彼を取り囲み、声を荒げて詰め寄りました。「どうしてこんなことを!」と罵声が飛び交い、怒りマークのスタンプがLINEグループに次々と送られていました。美咲は銀座で買ったブランドバッグにミネラルウォーターを二本詰めて、川島の頭に振り下ろし、バッグの持ち手がちぎれてしまいました。親たちの顔は普段からは想像もできない険しさに変わり、辺りの空気がぴりつきました。
しかし、警察の度重なる取り調べの中で、川島は必死に無実を訴えました。生徒に触れたこともなければ、ましてや痴漢行為などしていないと涙ながらに訴え、土下座して額から血を流しながら「母は寝たきりで重病なんです。世話できるのは私だけ。どうか潔白を証明してください……」と懇願しました。
署の床に頭をこすりつけ、血がじわりと滲んでいました。その姿は、普段の川島さんからは想像もつかないもので、周囲の警察官も言葉を失っていました。