第3話:ワンピースと偽りの微笑み
アヤカだった。
ホテルの廊下に、ふわりと春の香りが残っていた。
二日前に私が贈ったばかりのワンピースを着ている。
結婚記念日に帰れなかった償いに、私は一か月分の給料をはたいて、彼女がずっと欲しがっていたドレスを買った。
包装紙のリボンをほどき、彼女がそれを受け取った時、送ってきたビデオを今でも覚えている。
恥ずかしそうにドレスを体に当て、私が「着て見せてよ」とからかうと、舌をペロッと出してふざけていた。
「やだ!タクミが帰ってきたら着せて、そして一枚ずつ脱がせてほしいの」
笑い声が耳の奥でこだまする——いや、もう幻だったのかもしれない。
今では、他の男にすぐ脱がせてもらいたくてたまらないのか?
怒りで体が燃え上がった。気がつくと彼女はすでにエレベーターに乗っていた。
私は慌てて追いかけたが、何階で降りたのか分からず、発狂したように非常階段を駆け上がった。
コンクリートの壁に、足音が鈍く響く。
二階——止まらない。
三階——止まらない。
ようやくエレベーターが止まったのは、私のいる四階だった。
だが、あたりを見回しても彼女の姿はなかった。
安堵すべきか、喪失感に浸るべきか分からずにいると、隣の廊下からノックの音が聞こえた。
私はごくりと唾を飲み込み、深呼吸して勇気を振り絞り、そちらを覗いた。
廊下の照明がまぶしく、目がくらんだ。
一目見た瞬間、完全に崩れ落ちた。
ノックしていたのは妻のアヤカ。ドアを開けたのは同僚のハヤシだった。
私は駆け寄って止めたかったが、LINEの通知が入った。
ピコン、とLINEの着信音が静かな廊下に響く。
「お兄ちゃん、ごめんね。さっきエレベーターで電波なかったの。今夜は無理、もう予約入ってるの。今日のお客さんは3Pダメだって。明日は全部あなたのものよ」
怒りで目眩がし、頭がズキズキした。
ホテルの絨毯の柄が、目の前でグニャリと歪むようだった。
大切にしてきた女が、外ではこんなにも恥知らずだったなんて。
私はハヤシがアヤカの腰に手を回し、部屋に連れて入るのを見た。
重い足取りで自分の部屋に戻り、隣から聞こえる喘ぎ声とベッドが壁にぶつかる音を聞きながら、拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込んでも何も感じなかった。
ベッドのヘッドボードが叩かれるたび、私はついに涙をこらえきれなくなった。
枕を口に押し当て、声を殺して泣いた。
この夜が、僕の人生の終わりの始まりだった。
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