第5話:金沢・友情の宴と宝石館
私が刀を抜かずに剣を取り戻したと知った南條さんは、呆然としていた。
工房の片隅で、南條さんがしばらく無言で火箸を動かしていた。鉄の焼ける音だけが静かに響いていた。
だが私はただ微笑み、自信満々の背中を見せて、次の刀を取りに向かった。
工房の引き戸をそっと閉め、私は深く一礼して外に出た。春の風が頬を撫で、次なる出会いを予感させる。
二番目の刀は鉄の棒だった。宝石館の現当主、岩崎十五(いわさき じゅうご)。
金沢の町にそびえる重厚な館。苔むした石灯籠が並び、歴史の重みを感じさせた。門前には桜の花びらが舞い、和傘を差した女中が静かに掃き清めていた。静謐な空気に金沢らしい風情が満ちている。
数年前、当主の座を奪うために父親を殺し、母親は悲しみのあまり自殺した。南條さんの目には、これが「不孝」だ。
私はワンカップを持ち、石造りの館の外に立ち、門番に取り次ぎを頼んだ。
礼を尽くし、名刺代わりに名を告げる。門前で深々と頭を下げるのがこの土地の作法だ。
だが門番が行く前に、石の門がゆっくり上がり、色黒で屈強な男が現れた。門番が「当主」と呼ぶのが聞こえた。
「一日中館にいるのに、どうしてそんなに日焼けしてるんだ?」私は岩崎十五をじろじろ見て首をかしげた。
岩崎十五の手の甲には、いくつもの古傷があった。重労働の跡がうかがえる。
「お前は誰だ?何しに来た?」岩崎十五の目が冷たく光り、声も荒かった。
「飲みに誘いに来たんだ。」私はワンカップを掲げた。
岩崎十五は驚き、表情が和らいだ。
「……お前は俺の友でも兄弟でもない。なぜ俺を飲みに誘う?」
「望むなら、いつでも友でも兄弟でもなってやるよ。」私は笑った。
「……俺と友達になりたいのか?俺を嫌わないのか?みんな俺が父を殺し、母を死なせた不孝者だと言う。」
岩崎十五の目に痛みが走った。
私はさらに大きく微笑んだ。
「俺はまだ二十六だ。父親に見えるほど年取ってないだろう?」
「……確かに見えないな。」
「だから、俺は不孝者じゃない。なぜ君を嫌う必要がある?」私は笑いながらワンカップを彼の腕に押し付けた。
石造りの館の中、岩崎十五と私は卓を囲んで飲んだ。
分厚い座布団に腰を下ろし、古い柱時計の音を聞きながら、ゆっくりと杯を交わす。日本酒の香りが広がり、心がほどけていく。
「酒はどうだ?」
「とても美味い。」
「君にもいいものがあるだろう。」
私は彼の横の鉄棒をちらりと見た。
岩崎十五の目が一瞬で冷たくなった。「やはり棒目当てか?」
「館に来る者は少ないし、来る者のほとんどがその鉄棒を奪いに来る。」私は酒を一口飲み、ゆっくり話した。
「じゃあ、他の奴らとお前は何が違う?」岩崎十五は首筋に血管を浮かせ、杯を握りつぶさんばかりだった。
「この世では、敵より友が多いほうがいい。」私は平然と微笑んだ。「皆は君を敵視するが、俺は友達になりたい。」
そう言って、私は杯を持ち、彼と乾杯した。
岩崎十五は呆然とし、怒りは消えていった。
「嘘じゃないか?この世で俺と友達になりたい奴なんていない。」
「嘘じゃないさ。こうして酒を酌み交わした以上、これからは君――岩崎十五は俺、朝倉蓮の友達だ。」私は笑い、酒を一気に飲み干した。
私は岩崎十五と館で一か月過ごした。
重厚な廊下を歩きながら、古い家紋の入った屏風を眺めた。日々の食事も、時には質素な味噌汁と漬物だけ。だが、静かな時間が心地よかった。
前半は酒を飲み、語り、食べ、花札で遊んだ。
花札の札を並べる音が、夜の館に響く。灯りに照らされた手元が、親しみを生んでいく。
後半は彼を連れ出し、居酒屋で飲み、カラオケで歌い、パチンコで遊び、川で舟を漕いだ。
カラオケボックスで岩崎十五が思いのほか高い声で「昴」を熱唱した時、昭和歌謡が流れると、店の年配客も思わず拍手した。私は腹を抱えて笑った。パチンコ玉が弾ける音、舟の上でゆれる水面。すべてが新鮮だった。
その間に知ったのは、父殺しは実は事故だったということだ。老いた父を手伝おうとして、力が強すぎて腕を折ってしまい、その痛みで父は亡くなった。こうして彼は父殺しの罪を背負った。
誰にも語れなかった後悔を、十五は静かに語った。私は黙って耳を傾け、時折うなずくだけだった。
この世で彼を知る者は二種類。一つは彼を不孝者と罵り、避ける者。もう一つは父殺しを恐れて近寄らない者。だから彼には友達が一人もいない。でも本当は誰かと酒を飲み、語り合いたい。石のように冷たく、怒りっぽい彼は、実はとても寂しいのだ。
「本当に友達が欲しいのか?」
川面がきらめく中、私たちは舟の上で梅酒を分け合った。
「すごく欲しい。」岩崎十五は一気に酒を飲み干した。
「何人欲しい?」
「多ければ多いほどいい。」
「俺には友達がたくさんいる。全国にいる、みんないい奴ばかりだ。」私はさらに杯を注いだ。「俺の言う通りにすれば、皆が君の友達になってくれる。」
「本当か?何をすればいい?」岩崎十五の目が輝いた。
「簡単さ。」
私は友人たちにLINEで連絡し、三日後、金沢の剣天楼でご馳走を振る舞うと招待した。
三日後、岩崎十五は楼を丸ごと借り切り、私の金欠な友人たちで満員になった。どの卓も料理と酒で山盛りだった。
暖簾のかかった大広間で、仲間たちの笑い声と箸の音が交差する。日本酒の瓶が次々と空になる。
「岩崎兄貴、何かあったらいつでも声かけてくれ!」友人の一人が唐揚げをほおばりながら、岩崎十五に拳を合わせた。
「俺もだ、何でも言ってくれ!」
「遠慮すんなよ、兄弟!」
「そうだ、気にするな!」
「岩崎兄貴に友達がいないなんて誰が言ったんだ。俺たちみんな友達だ!」
皆が口々に言い、杯を掲げた。岩崎十五の目にはすでに涙が浮かんでいた。
私は隣で微笑み、肩を叩いた。
「彼らが俺の友達になったのは、俺が貧乏で食いしん坊だからだけじゃない。俺たちはみな率直で、世間の目を気にせず、自分の心に恥じぬ生き方をしている。人の評価を気にしすぎると、ずっと苦しいままだ。」
岩崎十五はうなずき、うつむいてそっと涙を拭った。
私は続けた。
「たとえ世間が君を不孝者と罵っても、君自身がそうでないと知っていれば、それで十分さ。十五、君はいい奴だ。自分の心を信じていれば、必ず君を理解してくれる人が現れる。」
その日、八尺もある大男が私の腕にしがみつき、子供のように泣いた。
私はそっと背中を撫でてやった。涙の温度が、心にしみた。
私が宝石館を去るとき、岩崎十五は自分の鉄棒をくれた。
「また来いよ、一緒に飲もう!」
「もちろん!」私は風の中、拳を合わせて笑った。
夜が更け、金沢の街に遠く太鼓の音が響いた。皆が肩を組み、最後は「またな!」と声を合わせた。
さて、次は誰に会いに行こうか――
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