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奪われた剣と涙の夜 / 第6話:玉扇の貴公子・本郷紫苑
奪われた剣と涙の夜

奪われた剣と涙の夜

著者: 松本 玲奈


第6話:玉扇の貴公子・本郷紫苑

鉄棒を南條さんに渡した後、私は三つ目の刀を探しに行った。

南條さんは受け取った鉄棒をそっと膝の上に置き、しばらく無言で見つめていた。微かなため息が工房に響いた。

三つ目の刀は鉄扇だった。玉扇の貴公子こと本郷紫苑(ほんごう しおん)――剣の世界で名高い美男子で武芸も達者、多くの女性の憧れだ。こういう男にはいつも友達が多い。彼も例外ではない。

本郷紫苑の名は、都の夜会でも頻繁に囁かれる。その立ち居振る舞いは、まるで歌舞伎役者のようだった。

だが数年前、彼は鉄扇で友人の結婚式を台無しにし、花嫁を奪い、その場で友人を斬った。南條さんの目には、これが「不義」だ。

私はワンカップを持ち、化粧品売り場で口紅を選ぶ本郷紫苑を見つけた。

百貨店の鮮やかな照明に照らされ、彼の白い指先がひときわ美しく見えた。女性店員がちらちらと視線を送る。

「男が口紅なんて、いくらイケメンでも必要ないだろう?」私は思わず眉をひそめた。

本郷紫苑は口紅の箱を手に、私を一瞥した。「さて、剣の道の第一の掟、ご存知かな?」

「何だ?」

「他人のことに首を突っ込むな。」そう言うと、彼は口紅を置き、別の箱を手に取った。

「だが俺は人のことに首を突っ込むのが大好きなんだ。生まれつきさ。」

私は肩をすくめて近寄った。「その口紅、本当に自分用か?」

「……誰が自分用だと言った?妻への土産だ。」

「君、結婚するのか?」私はひらめいた――まさか奪った花嫁か?

「三か月後に結婚する。披露宴で飲みたいなら歓迎するぞ。」

本郷紫苑は眉を上げ、嬉しそうな目をした。

「もちろん!ただ酒は逃せない。」私はワンカップを振った。

「だが今日は君を飲みに誘いに来た。」

「いいだろう、いつだ?」本郷紫苑は口紅を選び終え、Suicaで代金を払い、レジ横には限定パッケージの和菓子が並び、春らしい桜餅の香りが漂っていた。私と店を出た。

「今すぐだ。」

「わかった。」

私たちは道端に座り、近くの酒屋からコップを二つ借りた。

春の陽がアスファルトを照らし、都会の喧騒の隙間で酒を酌み交わす。行き交う人々が、ちらりとこちらを見て通り過ぎていく。

「なぜ店で飲まない?」本郷紫苑が尋ねた。

「外で日向ぼっこしながら飲むのがいいんだ。」私はワンカップを開けた。

「暑くないか?」本郷紫苑は照りつける太陽を見上げた。

「心が静かなら涼しいものさ。」私は酒を注いだ。

本郷紫苑はコップを取り、酒を飲みながら扇で自分を仰いだ。

「その扇であおぐのはやめてくれ。毒針が飛んできそうで怖い。」私は首をかしげた。

「お前が日向で飲むと言い張るからだろう。」

「仕方ない。人の心には誰でも陰りがある。日を浴びれば、陰りも晴れる。」私は静かに言った。

「お前は陰りなんてなさそうだが。」

私はため息をついた。「そんなことはない。今だって大きな悩みがある。」

「何だ?」

「恋人が『日本一の刀』を婚礼の贈り物にくれと言うんだ。自分が日本一の刀になるのは無理だから、刀鍛冶に打ってもらうしかない。」

私は困った顔をした。

「だが、日本一の刀鍛冶は他人のために刀を打たない。」本郷紫苑はつぶやいた。

「だから君の所に来た。」私はじっと彼を見つめた。

本郷紫苑は少し考えた。「俺があの野郎を斬って以来、彼は俺の扇を返せとしつこい。だからお前を寄越したのか?」

「その通り。」

「正直だな。」

「俺はいつも正直だ。」私は微笑んだ。

「扇を取りに来たのなら、毒針で殺すしかないな。」本郷紫苑は平然と言った。

「残念だが、それはもう無理だ。」私はため息をつき、右手を上げた。そこには粗末な布切れ。その中に鋼の針が数本入っていた。

本郷紫苑はしばし見つめ、やがて首を振って微笑んだ。

「そうなると、飲むしかないな。」

彼は酒を一気に飲み、もう一杯自分で注いだ。

三杯続けて飲んだ後、私は思わず言った。「全部飲むな、俺の分も残せよ。」

「今暇なのか?」彼は首をかしげた。

「そんなことない。」私はワンカップを奪い、自分のコップに注いだ。

「じゃあ、少し手合わせしよう。」彼は立ち上がった。

「それなら人選ミスだな。俺は怠け者で、年に三回も刀を抜けば多いほうだ。」私は地面に寝転んだ。

「普段は戦ったり斬ったりしないのか?」

「しない。戦いや斬り合いばかりじゃつまらない。酒を飲み、月を愛でる方がいい。」私は一口飲んだ。

「じゃあ、その刀は何のために?」

「枕さ。」

「枕?」本郷紫苑は不思議そうだ。

「全国を放浪し、天地を寝床に、刀を枕にして旅をする。」私は微笑んだ。

本郷紫苑はため息をついた。「残念だが、怠け者でも今は戦ってもらう。」

「なぜ?」

「その針の毒が布越しにお前の手に染みている。もう一口酒を飲めば、死ぬぞ。」本郷紫苑は微笑んだ。

静かな春の陽だまりに、緊張が走った。私の心臓が、一瞬だけ跳ねた。遠くで救急車のサイレンが響き、都会のざわめきが一瞬遠のいた。

さて、次は誰に会いに行こうか――

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