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奪われた剣と涙の夜 / 第4話:温もりの剣と涙の夜
奪われた剣と涙の夜

奪われた剣と涙の夜

著者: 松本 玲奈


第4話:温もりの剣と涙の夜

それからというもの、小さな定食屋の厨房には突然、忙しい剣士が現れた。

白い割烹着を借りて、佐伯光一は無言でじゃがいもの山に向かった。剣の鍔元に揚げ物の香りがまとわりつく。

佐伯光一は剣でじゃがいもの皮をむき、ぶつ切りにし、まな板で細切りにした。剣道界一の剣士がじゃがいもと格闘すること一か月。

最初はぎこちなかった手つきも、日が経つにつれ見事な包丁捌きに変わっていった。町の人たちも興味津々で厨房を覗く日々だった。放課後の小学生が窓から手を振り、近所のおばあさんが「今日は何本むいたの?」と声をかけてきた。厨房の外には、地元の人々の温かな声が絶えなかった。

一か月後、彼はじゃがいもの香りがする剣を手に、私の前に立った。

「いつまでじゃがいもの皮をむけばいい?お前も俺を騙してるのか?」彼の声には怒りがにじんでいた。

「もう十分だ。」私は彼の剣を指さした。「変化を感じないか?」

佐伯光一はしばらく考えた。「どう変わった?」

「何かが抜けて、何かが加わった。」

「何が抜けて、何が加わった?」

「殺気が減った。」私は剣先に顔を寄せて匂いを嗅いだ。「そして……じゃがいもの香りが増した。」

次の瞬間、彼の剣先が私の喉元に突き付けられた。殺気が一気に高まり、私は身震いした。

剣先の冷たさに、背筋がぞくりとする。厨房の奥で、コロッケを揚げる音がかすかに聞こえた。

「次の段階を教えろ。嘘だったら、ひどい目に遭わせるぞ。」佐伯光一は歯ぎしりした。

「わかった、わかった、教えるよ。」私は微笑み、そっと剣先を押し戻した。

「第一は殺生を断つこと。第二は人を救うことだ。」

私は静かにため息をついた。

「北の山にヤクザのアジトがある。二つの町の子供たちがさらわれ、明日には人買いに売られる。君の剣で彼らを救ってくれ。」

その夜、じゃがいもの香りの剣が再び血に染まった。

遠くで犬が吠える声がした。夜明け前、町の空気が張り詰めている。

「どうだった?」私は尋ねた。

「……子供たちの親がひざまずいて何度も感謝してくれた。誰かに感謝されたのは初めてだ……彼らは自分たちが食べるのも惜しいおにぎりを俺にくれ、『偉い人』と呼んでくれた。」

佐伯光一は疲れ切った様子だった。こんな経験は初めてなのだろう。

「今回、剣を使った感覚は違ったか?」

彼は剣を握りしめ、考え込んだ。

「……少し違う気がするが、うまく言葉にできない……」

「じゃあ、もう一度剣を抜いてみろ。」私は微笑んだ。

「西の天ノ楼には町からさらわれた女性たちがいる。君の剣で彼女たちも救ってほしい。」

二日後、血のついた剣を持って佐伯光一が戻った。

「どうだった?」

「恩人と呼ばれた……英雄とまで……」

佐伯光一は言い、耳が赤くなった。あの冷たい剣士が、少女たちの感謝で赤面するとは。

私は思わず大笑いした。

「どうやら、俺の剣技を会得したようだな。」

私は彼の肩を軽く叩いた。

「俺の剣技の名は『温もり』だ。殺生を断ち、人を救う――それが鋭い武器の中の温もり。殺してばかりじゃ面白くない。人を救い、守ることにこそ意味がある。温もりのある剣技こそ、真の無双だ。」

「そうだったのか……」佐伯光一は呆然とし、やがて目を輝かせた。拳を握りしめて微笑んだ。初めて見る彼の笑顔だった。

こうして、私は彼の手から剣をすんなり受け取った。

さて、次は誰に会いに行こうか――

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