第2話:長野の剣士と温もりの剣
四本の刀を取り戻すには、殺して奪うのが一番早くて確実な方法だ。だが正直、私はそこまでやる気がない。刀を抜くのも、戦うのも、殺すのも、全部面倒くさい。
手間を惜しむのは、江戸っ子気質のなごりだろうか。心のどこかで、争いを避けたいという思いもある。
だから、別の方法で約束を果たすことにした。
最初に南條さんが取り戻したがっていたのは剣だった。佐伯光一(さえき こういち)――長野市で最も有名な剣士だ。
長野の朝、雪解け水がさらさらと小川を流れていた。遠くで電車の警笛が響き、駅前の立ち食いそば屋から湯気が立ちのぼる。佐伯の名前は地元では誰もが知っている。
若い頃、彼の町は盗賊に襲われ、家族は皆殺しにされた。流浪の末、剣道道場の師範に拾われ、命を捧げると誓った。十七歳で道場一の剣士となった。
長野の冬の寒さの中、道場で竹刀を振るう少年の姿が目に浮かぶ。
だがその後、さらなる剣の道を求めて他流派へ移ろうとし、誓いを破った。道場の師範はそれを許さず、佐伯光一は恩人に剣を向け、さらに何人かを斬った。
剣道着の背に泥が跳ねている。彼の心の葛藤が、道場の床にも刻まれていた。
南條さんの目には、これが「不忠」だ。
私が佐伯光一を見つけたとき、彼は喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
窓際の席、古いレコードが流れる静かな喫茶店だった。コーヒーの香りと、午後の柔らかい光。
「ずいぶん自分を大事にしてるな。」私はワンカップを持ち、彼の向かいに座った。
スーツ姿に羽織を引っかけ、テーブル越しに彼を見つめる。少しだけ、場違いな組み合わせ。
「あんた、誰だ?」佐伯光一が顔を上げた。
切れ長の目に、警戒の色がにじむ。
「朝倉蓮(あさくら れん)。一杯どう?」私は微笑み、コップを二つ取り、酒を注いだ。
「他人の酒は飲まない。」彼は両方の杯を取り、手のひらでひっくり返して酒をこぼした。
その所作が実に素早い。彼の手つきに、鍛え抜かれた剣士の気配がある。
「じゃあ、君がご馳走してくれないか?」
「いいだろう。」
「素晴らしい!」私はにっこりした。
「お前にご馳走するのは、『さっさと失せろ』ってことだ。」
そう言って、またコーヒーに戻った。
カップを持つ手が、わずかに震えているのが印象的だった。心の奥底で、何かが揺れているのだろう。
「酒をおごられて不機嫌になる人は初めて見たよ。剣士は変わり者だって噂は本当だな。」私はため息をついた。「幸い、私は刀使いだ。」
「お前、よく喋るな。」
「彼女にもよく言われるよ。」私は微笑んだ。
「彼女?」
「俺の恋人さ。」
私はワンカップを置き、卓を軽く叩いた。
「佐伯光一、君の剣をもらって、恋人のために刀を買いたいんだ。」
「頭がおかしいんじゃないか。」彼は横目で私を見た。
私は笑った。「この剣を奪いに来た者は多いだろう。」
「皆、死んだ。」
「君も俺を殺したいのか?」佐伯光一はまた顔を上げ、目に冷たい光を宿した。
「いや、そんなことはない。」私は自分に酒を注いだ。
「君は道場を離れたくて、師範を殺したのは、柴田剣一(しばた けんいち)という男がより高い剣術を教えると約束したからだろう。」
その瞬間、佐伯光一の顔に怒りがにじんだ。
「奴は嘘をついた。何も教えられなかった。あの自称『剣術』など無価値だったから、殺して川に沈めてやった。」
彼の目は暗くなり、悲しみが混じった。
「この世に、もう俺に最高の剣術を教えてくれる者はいない。」
私は杯を置き、微笑んだ。「もし俺が教えると言ったら?君は剣をくれるか?」
「お前が?」佐伯光一は私の腰の刀を見た。「剣すら持っていないくせに、何を教えるんだ?」
「剣でも刀でも、どんな武器でも本質は同じだ。」
私は袖で口を拭った。「たった一つの剣技を教えてやる。それを極めれば、君は無敵だ。」
さて、次は誰に会いに行こうか――