第1話:日本一の刀鍛冶との約束
私は日本一の刀鍛冶を訪ね、最高の刀を打ってほしいと頼んだ。春の霞む山里、細い参道を歩きながら、遠くに雪の残る稜線を見上げていた。その見返りに、彼は私に自分の刀を抜き、四人から借りを回収してほしいと言った。
腰に差した一年間抜いていない刀に手を触れ、私はひとり微笑んだ。刀を抜くのは面倒だ。言葉で勝つほうが楽だ。
静かに刀の鞘に手を置いたまま、私はふと窓の外に目をやった。春の午後、遠くでウグイスが鳴いている。その音に耳を澄ませながら、これから始まるやり取りに胸が高鳴るのを感じていた。日本人として、争いより和を重んじるのが性分だ。できるなら、誰の血も見たくない。
---
「俺が他人のために刀なんて打たないって、知らなかったのか?」
日本一の刀鍛冶、南條正義(なんじょう まさよし)は私の向かいに座り、眉をひそめた。
南條さんの膝の上には古びた白手拭いが丁寧に畳まれている。鋭い視線の奥に、ものづくりの誇りが滲んでいた。
「知っています。ですが、値段さえ合えば、南條さんはどんな刀でも鍛えますよね――刀以外は。」
私は控えめに微笑み、軽く頭を下げた。礼を尽くすのが礼儀だが、ここぞという場面では駆け引きも大切になる。この勝負、言葉の間合いがすべてだ。
少し間をおいて、私はまた微笑んだ。「でも、今回は特別に私のために例外を作ってほしいんです。」
柔らかな口調で頼むのは、日本の交渉術の基本。下から出ることで、相手の心を引き出す。
南條さんはしばらく私を見つめてから言った。「勘違いしているな。私は他人のために刀を鍛える。ただし、それは金だけの問題じゃない。」
静かな語気に、長年培った職人の矜持が滲む。工房の土間には鉄の匂いが充満していた。
「人柄も見るんですよね。本当に卑劣な者には、どんなに金を積まれても鍛えない。」私は続けた。
彼はうなずいた。「かつて四人のために刀を鍛えた。それぞれに一本ずつだ。だが年月が経ち、彼らは不忠、不孝、不仁、不義を証明した。そんな者たちに、私の刀を持つ資格はない。」
南條さんの目がわずかに細くなった。武士道の戒めが、今も心の奥底に生きているのだろう。
「だから、その四本の刀を取り戻したいのですね。」
「私は長年、剣の道の者たちに刀を鍛えてきた。『日本一の刀鍛冶』と呼ばれている。毎日、数え切れないほどの者がここに来て、私に鍛造を頼む。金のある者は刀を求め、ない者はなおさら欲しがる。金があれば簡単だ。なければ、代わりに何かをやってもらう。」
茶の湯の間のような静けさの中、南條さんの言葉が重く響く。刀鍛冶の世界は、今も昔も義理と人情で回っている。
「その『何か』が、四本の刀を取り戻すことですか?」
「同意した者は皆、行ったが、生きて帰ってきた者はいない。だから私は、金のない者のために刀を鍛えたことが実は一度もない。」南條さんは淡々と言った。
その言い回しの奥に、幾人もの無念が積み重なっているのだろう。工房の床には、踏みしめてきた年月の重みが沁みている。
「その四人は剣の世界でも名高い達人ばかり。その刀を取り戻すのは容易じゃありません。」
私の言葉に、南條さんは微かに唇を引き結んだ。伝説の四人、その名声と剛腕は全国に知られている。
私は微笑んだ。「私がその四本の刀を持ち帰れば、刀を打ってくれますか?」
「少なくとも百人は同じことを言った。だが誰一人、生きて戻らなかった。死ぬのが怖くないのか?」
南條さんの問いかけに、私は静かに首を横に振った。死を恐れては、何も始まらない。
私は肩をすくめて微笑んだ。「刀を取り戻しに行くだけで、死にに行くわけじゃありませんから。」
淡々とした口調の奥に、私は確かな自信をにじませた。命を惜しむより、約束を果たすことが大切だ。それが、私の信条だった。
さて、次は誰に会いに行こうか――