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夫の隣は私じゃなかった / 第3話:追いつめられる女たち
夫の隣は私じゃなかった

夫の隣は私じゃなかった

著者: 原 悠真


第3話:追いつめられる女たち

5

西園寺知景はちょうど取引先とのビデオ会議を終えたところで、涙に濡れた顔の白石瑠々がネックレスの箱を持ち、うつむいて立っているのを見た。

扉の前に立つその姿は、小さな子供のように見えた。

「どうした?」と彼は不思議そうに尋ねた。

白石瑠々はまだ何も言わないうちに、涙をこぼし始め、か細い声で「社長、このネックレスは受け取れません……」と訴えた。

西園寺知景の冷たい顔に、不快そうな色が一瞬浮かんだ。何かあったと直感したが、すぐには尋ねず、ただ静かに彼女を見つめた。

彼のまなざしには、わずかな哀れみと困惑が混ざっていた。

白石瑠々は唇を噛み、長い沈黙の末、今日オフィスで起きたことを全て打ち明けた。

その間、部屋の壁掛け時計が一周するほど長く感じられた。

「社長、ご迷惑をおかけしてすみません。自分を励ますつもりでInstagramに投稿しただけなんです。まさか奥様に知られるとは……」

「奥様がこんなに怒るなんて思いませんでした……」

怯えた子猫のように見えた。

その姿を見て、知景は一瞬だけ目を細めた。

「社長、奥様に謝りたいです。直接説明させていただけませんか?」

西園寺知景はSNSをチェックする習慣がない。彼の時間は常に仕事で埋まっている。しかし、社長として社内の噂の広まり方はよく知っている。その顔はさらに冷たくなった。

「分かった」と低い声で答えた。

6

その夜、西園寺知景は白石瑠々を家に連れてきた。

彼女はおずおずと彼の後ろに立っていた。

玄関先でスリッパに履き替える手も、少し震えていた。

「瑠々を連れてきたのは、直接説明してもらうためだ。」西園寺知景はため息をついた。「夏晴、瑠々はただの秘書だ。昨日のことがあったから、謝罪の意味でプレゼントを渡した。それだけだ。」

私は家政婦が作った鯛の潮汁を銀のスプーンですくい、静かに飲み干した。

その温かさが、冷え切った胸には届かなかった。

「西園寺夫人、申し訳ありませんでした。」

白石瑠々は頭を下げ、声を震わせて謝罪した。

「こんな高価な贈り物をもらったのは初めてで、嬉しさのあまり舞い上がってしまいました。もしご気分を害したなら、何でもおっしゃってください。必ず改めます……」

私は眉を上げた。「白石さん、だったわね?」

その声に、室内の空気が一段と張りつめた。

彼女は西園寺知景を一瞥し、勇気をもらうようにゆっくりとうなずいた。

生まれたての小鹿のように怖いもの知らずで、まだ私に挑戦しようとするこの若い女性を見て、私は少し可笑しくなった。

その一瞬、唇の端が自然と緩んだ。

「私はあなたの先生でも上司でもないから、マナーを教える時間はない。でも私は西園寺知景の妻。だから、誰であれ私の夫に近づこうとする人には、二度目のチャンスは与えない。」

その宣言は、部屋の奥にまで響いた。

白石瑠々はこんなに率直な人に会ったことがなかったのだろう。顔を真っ赤にして、さらに小さく縮こまった。

「夏晴、瑠々は謝りに来たんだ」と西園寺知景が言った。彼は私の性格もやり方も知っている。今日の私の行動に納得していなくても、私の気持ちは理解していた。だから怒ることなく、白石瑠々に謝罪させ、すでに譲歩してくれていた。

ここにいる全員が賢い。目配せ一つで互いの意図が伝わる。

「分かった」と私は言い、西園寺知景にチャンスを与えることにした。実際、彼は浮気をしたわけではない。

「でも、次はない。誰であっても。」

テーブルの上のグラスが、静かに光を受けていた。

7

「若い子相手に、そこまでしなくてもよかったのに。」

寝る前、西園寺知景が話を切り出した。

照明を落とした寝室には、かすかに雨の匂いが残っていた。障子の向こうで雨粒が静かに弾ける音が聞こえ、和室らしい静けさが広がっていた。

「先に俺に言ってくれてもよかっただろう。」

私はドレッサーの前で髪を整えながら、鏡越しに彼の整った顔を見つめた。

その眼差しは、いつもよりほんの少しだけ弱気だった。

「私があのネックレスを気に入っていたのに、他の女にあげるなんて。怒って当然でしょ?」

もしこの完璧な人が一度でも汚されたら、私は今まで通り彼を愛せるだろうか——想像もできなかった。

それでも、言葉にしなければ伝わらないと思った。

西園寺知景はゆっくりとバーカウンターで氷水を注いだ。

カラン、と氷がグラスに当たる音が、部屋の静寂に響いた。

「君の誤解で、彼女は一晩中泣いていた。腫れた目を見て、謝罪のつもりでネックレスを渡しただけだ。」

彼は一切隙を見せなかった。

私は長い間、冷たい目で彼を見つめた。

その瞳に、自分自身のわがままや、嫉妬が映っているようで、胸が苦しくなった。

二千万円など私たちにとっては大した額ではない。問題は、その人間が受け取る価値があるかどうかだ。

彼は大理石のカウンターを指でトントンと叩き、私が考えるのを待った。

第三者が原因で私たちの間に初めて軋轢が生じた。私たちの育ちや礼儀が、こんな騒動に少し疲れさせていた。私たちはどちらも体面を気にする。

「西園寺知景、私はあなたを愛してる。」

その言葉を言うとき、私の喉は少し震えていた。

彼の指が止まった。私が突然そう言うとは思わなかったのだろう。

「西園寺知景、私は完璧なあなたを愛してる。それがあなたの特別なところ。あなたは今まで女性を近づけなかった。感情の境界線を持ち、純粋な結婚を望んでいた。私は昔は違ったけど、あなたの価値観が私を変えた。今は、私たち二人とも同じものを求めている。」

「私たちの結婚が分かれ道に立つことがないように願ってる。」

西園寺知景は困ったようにため息をついた。「そんなことはない。」

その声に、私は少しだけ救われた気がした。

この夜の静けさが、何かを予兆している気がした。

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