第4話:冷たい正義の代償
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西園寺知景はとても理性的な男だ。私が気にしていることを知っているから、もう二度と白石瑠々に期待を持たせるようなことはしない。
その後の彼の態度は、誰の目にも明らかだった。
社長の庇護がなければ、インターンの白石瑠々は一番下の雑務から始めるしかなかった。以前は受付の当番も回ってきたが、今は小野が彼女を一切シフトに入れなかった。
私が誰かに彼女を排除するよう命じたわけではない。西園寺知景が自分の線引きをしてくれたから、私は完全に信頼していた。しかし、こういうことは私が指示しなくても、権力に媚びて弱い者を踏みにじる人間は必ずいる。
日本の大企業特有の、見えない空気とヒエラルキーが彼女をじわじわ追い詰めていった。
半月も経たないうちに、新人秘書は待遇の違いと精神的なダメージに耐えきれず、みるみる痩せていった。
毎朝の駅のホームで、彼女の肩がどんどん小さくなっていくのを、同僚たちも気づいていた。
転機が訪れたのは、ある重要な役員会議の後だった。その日、白石瑠々は一人で小会議室の片付けを任された。スーツのスカート姿で、床に膝をつき、カッターでカーペットに付いたガムを必死にこすり取っていた。
たった一人、静まり返った会議室で、古い蛍光灯の音だけがカチカチと鳴っていた。窓の外で電車の発車ベルが遠く響き、日本のオフィスのざわめきがかすかに伝わる。
思いがけず西園寺知景が戻ってきて、その光景を目にした。
背後に気配を感じ、白石瑠々は慌てて立ち上がった。
そのとき、ガムの跡がスカートの裾に少しついてしまった。
西園寺知景の目は冷たく深く、その無言の視線に、白石瑠々の自尊心は崩れ落ちた。
「社長……」
気づけば涙がこぼれていた。演技でも、わざとでもない。西園寺知景は彼女にとって、手の届かない太陽のような存在だった。今や疎外され、運命を受け入れるしかない自分の姿を彼に見られたことで、彼女は逃げ出したくなった。
わずか半月で、かつて明るく元気だった少女は、こんなにも弱々しくなってしまった。
初めて、西園寺知景は怒りを露わにした。家に帰ると、私が差し出したグラスを床に叩きつけ、水が四方に飛び散った。
「なぜ、彼女をそこまで追い詰める?」
知景の拳は強く握りしめられ、声がかすかに震えていた。
「夏晴、俺は君を尊重し愛している。だが、君が彼女に繰り返し侮辱や傷つけることをしても、ずっと我慢してきた。弱い者をいじめて、何がそんなに楽しいんだ?」
私はその瞬間、手が小さく震え、息が詰まる思いだった。
その声には、彼の中にある正義感と、私への切実な訴えがにじんでいた。
私は、知景のその目を、初めて怖いと思った。
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