第4話:権威と偏見、父の絆
やっと自分の体を洗い終え、消毒液の臭いがまだ残る中、スマホが鳴った。杉山先生からのLINEだった。
【高橋美羽、至急私の職員室に来なさい】
顔を上げると、菜穂がスマホを手にして勝ち誇ったようにニヤついていた。どうやら今しがたチクったばかりらしい。自分で消毒液をぶっかけて、負けたからって先生に告げ口するなんて、呆れる。
私は鼻で笑い、上着をつかんで部屋を出た。菜穂が皮肉たっぷりに声をかけてきた。
「泣きながら戻ってこないようにね〜」
廊下の電灯が白く照らす中、私は胸を張って職員室に向かった。こんなことで負けてたまるか、と心の中で何度も呟いた。スリッパのパタパタという音が自分を勇気づける。
職員室のドアを開けると、杉山先生は私を見るなり顔色を曇らせ、甲高い声で怒鳴った。
「高橋美羽、よくも寮でクラスメイトを殴ったな!」
私は深呼吸して、冷静に言った。
「先生、菜穂が先に消毒液をかけてきたんです」
「ほう、本当に君がやったのか?斎藤菜穂は優等生で奨学金ももらっている。そんな子がそんなことをすると思うか?君のように体格のいい学生が被害者だと言っても、なかなか信じ難いが……。もう少し自覚を持ってもらいたいものだ」
地方出身で、ちょっと背が高いだけで、何もかも決めつけられる。この偏見は、昔から変わらない。
体格がいいだけで悪いことになるのか?
私は歯を食いしばった。「先生、それは見た目で判断してるだけです」
「人をレッテル貼りするな!」
彼は机をドンと叩いた。
「菜穂から全部聞いている。君はいつも寮で問題を起こしている。明日までに五千字の反省文を書いて、みんなの前で菜穂に謝りなさい。でなければ重大な処分を下すぞ!」
私は怒りのあまり思わず笑ってしまった。
「先生、それが教育ですか?」
杉山先生の顔は紫色に変わった。
「教師に口答えする気か?君の悪事は全部聞いているぞ。女の子なのに、恥ずかしくないのか……」
私は遮った。「山口主任はこのことをご存知ですか?」
杉山先生は一瞬固まり、さらに顔を歪めた。
「お、お前、主任を盾にする気か!主任が来ても無駄だぞ!」
私は目の前でスマホを取り出し、山口主任に電話をかけた。杉山先生の顔色はコロコロと変わり、最後には無理やり笑顔を作った。
「好きにしろ!私の教師歴二十年で、こんな芝居が上手い学生は初めてだ!」
「私もです。こんな“公正な”先生、初めて見ました」
「……」
彼は怒りで手が震えていた。
ちょうどその時、自動音声が流れた。
【おかけになった番号は現在使われておりません……】
電話口からの無機質な音が、部屋の緊張をさらに強めた。
杉山先生は勝ち誇ったように笑った。
「主任は今、県の会議で不在だ。みんな知ってる。まさか主任が親父だとか言うんじゃないだろうな?」
「主任は父じゃありません」
私はスマホをしまった。
「でも、父の息子になりたがってますけど」
杉山先生は意味がわからないように固まった。
私はもう説明する気もなく、父にLINEを送った。
「お父さん、学校への寄付、しばらく待って」
LINEの送信済み表示を見つめながら、心の中で小さく溜息をついた。家族の力に頼るのは本当は好きじゃないけど、こういう時だけは別だ。
送信してすぐ、私は職員室を出た。背後で杉山先生が怒鳴った。
「高橋!その態度はなんだ!五万字の反省文だ!書けなければ卒業もできんぞ!明日、保護者も呼び出すからな!」
馬鹿馬鹿しい。
私は内心で舌打ちし、ドアをバタンと閉めた。
廊下の静けさが、怒りで熱くなった頬を少しだけ冷ましてくれた。
スマホに既読がつき、すぐ父から電話がかかってきた。
父はぶっきらぼうに「美羽、お前、絶対に負けるなよ」と言った。その声を聞いた瞬間、私は少しだけ涙ぐみ、手が震えた。家族の温かさを、こんな形で感じるとは思わなかった。
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