第5話:見捨てられたヒロイン
私は予想通り何も言わず、紫苑の反応を見ていた。
彼女は全く反省せず、他人事のように無表情で立っているだけだった。
「保護者の方、何度も注意しましたが全く聞きません。このままでは、こちらももう見放すしかありません」
「恋愛も本人だけでなく、周囲の価値観にも悪影響です。皆が真似したら、進学率が下がってしまいます」
職員室の静けさの中で、時計の秒針だけがやけに大きく響いた。
紫苑は私を睨みつけた。
「私の恋愛のこと、先生に告げ口したの?前に彼氏と一緒にいるところを見つけて、お父さん、なんでそんなに最低なの?もう私に関わらないって言ったくせに、他人使って私を縛るなんて。あなたのせいで学校中から非難された。どうやって顔を出せばいいの?」
彼女の理不尽さに呆れて笑いそうになった。自分が何をしているか分かっていない。弾幕では、彼女と男主人公が堂々と校内でイチャついていると称賛されているのに、今さら私のせいにするのか。
ため息をこらえ、机の木目をじっと見つめた。
こんなヒロインを書いた作者の気が知れない。これで主役?
弾幕は紫苑の「愛も憎しみも貫く勇気」を絶賛している。
私はもう彼女を見もしなかった。言葉が通じない相手に何を言っても無駄だ。紫苑のことは、もう「いないもの」として扱う。
私は立ち上がり、担任に頭を下げた。
「申し訳ありません。もうこの子は手に負えません。先生のご判断で——補導でも退学でもご自由に。本人も大学に行く気がないので、親が心配する意味もありません」
畳に手をついて、深く頭を下げた。頭を下げたまま、しばらく動けなかった。昔ながらの日本の礼節だけが、かろうじて私の誇りを支えていた。
担任も紫苑も驚いた顔で私を見た。私は続けた。
「今後はこういうことで私に連絡しないでください。会社が忙しくて、こんな些細なことで時間を割けません。用事があるので失礼します」
紫苑は先生に得意げに言った。
「ほらね?お父さんは私なんかどうでもいいんだから、諦めてください。自分の人生は自分で決めます」
弾幕がまた炸裂した——
「これぞ大ヒロイン!今はサボってても、結局は大学受験で東大や京大に合格して、男主人公と最強タッグになるんだよね」
「でも悪役パパ、なんか変わった?二人を引き裂かなかった。まあその方が、辛い別れシーン見なくて済むからいいか」
私は弾幕を見て、苦笑した。
紫苑はもともと自己管理も知能も同年代より低く、怠け者だ。私が何年も勉強を監督し、家庭教師に金を注ぎ込んだからこそ、かろうじて上位に入れただけ。
夜遅くまでプリントに向かう紫苑の背中に、何度も叱咤激励した日々が思い出される。
今や誰も管理しない。弾幕の言うような「大ヒロイン」になれるのか?
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