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ヒロイン家族、裏切りの夜 / 第2話:娘の笑顔と父の孤独
ヒロイン家族、裏切りの夜

ヒロイン家族、裏切りの夜

著者: 溝口 玄


第2話:娘の笑顔と父の孤独

高橋紫苑(たかはし しおん)を見つけたとき、彼女は男の子と楽しそうに話していた。

店内の薄暗いブース。渋谷の裏通りに面したこのネットカフェは、店内からカラオケの音漏れが微かに聞こえる。紫苑は男の子と漫画の話で盛り上がり、スマホを並べてSNSの画面を見せ合いながら、声を抑えきれず吹き出していた。

いつもは冷たい娘が、見知らぬ男子の前でケラケラと笑い、体を揺らしている。制服のリボンを指でくるくるといじり、ストローを指先で回しながら、頬に柔らかな笑みを浮かべていた。

「本当?誰かに可愛いって言われたの初めて。お父さんはいつも“まだ高校生なんだからスカートはダメ、遊びもダメ”って、何もかもダメって言うの。あの家にいると息が詰まりそう」

私は息が詰まる思いだった。

胸の奥がチクリと痛む。まるで胸を握りつぶされるような感覚。自分がここまで嫌われていたのかと、拳をぎゅっと握りしめた。

担任の佐藤先生から「高橋紫苑さんがまたサボりました」と電話があり、私は大事な商社の国際会議も放り出し、プロジェクトの危機を冒してまで彼女を探しに来た。

会議室では部下たちが必死に進捗を説明しているはずだ。それをすべて投げ出して、娘を探し回った。

でも、娘にとって私はそんな存在だったのか?

怒りがこみ上げる。今にも彼女を叱ろうとしたその時、また弾幕コメントが——

「悪役パパ、空気読め!ヒロインちゃんと男主人公の初対面なのに邪魔すんな!」

「推しカプの邪魔すんなw 早く悪役パパ退場して!」

「ヒロインママは初恋の神様と再会エンドでしょ。パパは過労で倒れる役w」

頭がクラクラする。現実離れしたコメントが、私の存在を否定する呪詛のように重くのしかかる。

私は手を上げたまま固まった。

悪役パパ?ヒロイン?ヒロインママ?

呆然としながらも、弾幕の断片から、この世界の“物語”が透けて見える。

この世界は「みんなに甘やかされるヒロイン」の小説。高橋紫苑が男の子と結ばれ、みんなから愛される「大ヒロイン」になる。

そして私は——過労で倒れる役目だ。

現実で汗水流しても、舞台裏の観客には届かない。父親の苦労も、誰にも響かない。

誰も私を理解しようとしない。

「そんな父親なら、生まれてこなければよかったのに」

その言葉は針のように胸に突き刺さり、冷や汗が滲む。

思わずその場で立ち尽くし、足元が揺らぐような気分。紫苑の声が妙に遠く響いた。

また弾幕が爆発する——

「さすが大ヒロイン!あんな悪役パパ、支配欲の塊w」

「ヒロインもママも、悪役パパ大嫌いだったし。さっさと消えてほしい」

最後の一言で、頭がガンガンした。

——美咲も、ずっと私を嫌っていたのか。

心のどこかで期待していた温もりが、一気に冷たく凍りつく。まるで冬の朝、まだ温まらないこたつの中に独り座っているみたいだ。

私は落胆を隠した。

自分の努力が無価値で、ただの障害者扱いなら、もういい。どうでもよくなった。

力が抜け、背筋を伸ばすのも億劫になった。

この章はここまで

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