第1話:弾幕に呪われた父
娘がまた学校をサボったので、私は丸一日八時間も探し回り、ようやく彼女を薄暗いネットカフェで見つけた。
息を切らせながら、自動販売機の前で一息つく。缶コーヒーのプルタブを開けると、ほのかな苦味が鼻をかすめ、手のひらに伝わる熱さが現実へと引き戻してくれる。渋谷の裏通り、看板のネオンが雨粒に滲み、湿気がまとわりつく梅雨の夜だった。
入ろうとしたその瞬間、視界に突然、弾幕コメントが横切った——
「悪役パパ、空気読んで!ヒロインちゃんと男主人公の初対面なんだから、邪魔すんなw」
「男嫌いスキル発動w 早く悪役パパ退場してほしい。推しカプの邪魔しないで!」
「まあ、どうせパパは過労で倒れて、ヒロインママが初恋の神様と再会する展開でしょ」
額に一筋の汗が伝い、思わず肩をすくめて周囲を見渡す。誰もいないのに、まるで自分だけが異世界に放り込まれたような疎外感。
何だと?みんなから愛される“ヒロインママ”の娘?
はっ、と鼻で笑う。
兄のために結納金を何百万円もせびり、娘は成績ビリで金を盗み、同級生をいじめる——そんな妻と不良娘。
心の中で大きくため息をつく。「役立たず」なんて言葉を吐いたら、もっと惨めになるだけだと分かっていた。
“ヒロイン”“みんなのアイドル”なんて、本当にそんな資格があるのか?
…まあいい。どうせなら、もう彼女たちの尻拭いをして過労で倒れる必要もない。
この結婚——自分から離婚してやる。好きに“ヒロイン”をやってろ。
握りしめた手のひらが汗ばみ、ネクタイの結び目がやけに窮屈に感じる。誰も見ていない夜の街に、静かな決意が染み込んだ。