第2話:賭け金の果て、家族の崩壊
みんな固唾をのんで、直樹がカードを見せるか見守っていた。彼は大きく息を吸い込み、「どうせやるならもっと大きくやろうぜ。これが俺の楽しみ方だ」と言い、カードを伏せて小皿で隠し、外へ出ていった。
廊下に直樹の足音が響き、玄関の引き戸がガラガラと開く。畳の上でみかんの皮が乾いていくのが見え、ストーブの低い音だけが遠くで響く。
直樹がBMWのトランクから小さな木箱を持って戻り、テーブルに置いて開けると、札束がぎっしり詰まっていた。
木箱の中身を見て、親族たちから小さな悲鳴とため息が漏れる。
「300万円だ。お前、張れるか?」と傲慢に宣言した。
札束の圧倒的な存在感に、みんなの目が吸い寄せられた。田舎の正月でこれだけの現金はまず見ない。
その騒ぎで年長者たちも集まってきた。
奥の部屋から祖母が顔を出し、「何の騒ぎだい?」と不安げに尋ねる。
叔父が慌てて「お前、頭おかしいのか?それは正月の前借り金だぞ!」と叫ぶが、直樹は「大丈夫だよ、余裕さ。弟がどこまでついてこれるか見てみよう」と余裕の笑み。
直樹の目は挑戦的に輝き、自分が主役だと誇示するようだった。
その時、俺は彼の狙いが分かった。
直樹のやり方は昔から変わらない。自分が勝てる土俵に持ち込み、相手を徹底的に追い詰める。
花札の“こいこい”やポーカーでは普通、賭け金に上限がある。だが、直樹は「上限なし」と言い張り、俺がついてこれなくなるまで賭け金を上げ続けるつもりだった。
「一か八か」というより、これはもう見せしめに近い。
案の定、「金がないなら仕方ないな。今まで出したものは戻せないぞ」と煽ってきた。
直樹のセリフに、隣でお茶をすすっていた叔母も思わず手を止めた。
叔父も気づいたのか、ただ笑って麻雀に戻り、俺の方は見もしなかった。
親戚同士の力関係が、こんなところで表れるのが田舎の嫌なところだ。
俺は拳を握りしめ、黙っていた。300万円なんて用意できるはずもない。
膝の上で拳を震わせながら、無力感に襲われていた。
そのとき、美咲が指輪をそっと触れ、俺の目をじっと見つめて小さく息を吐き、少しだけためらいながらも「大丈夫、結婚用のマンションを賭けましょう」と静かに言った。
その声は静かだったが、部屋中に響いた。みんな一瞬言葉を失った。
親戚の誰もが美咲を見つめる。
年配の親戚が「女の子がそんなことを…」とつぶやく。
叔父はタバコをくわえたまま麻雀牌を忘れ、直樹は緊張か怒りか分からない表情で手を震わせていた。
美咲の潔さに、直樹も動揺を隠せないようだった。
年長者たちも慌てて駆け寄り、「もうやめなさい!」と必死で止めに入る。
「正月早々縁起でもない」と祖母が嘆き、親戚一同が一斉に声を上げる。
親父が俺のそばに駆け寄り、肩を叩いて「お前、バカか!全部失う気か!」と怒鳴った。
親父の声は震えていた。普段は温厚な人だけに、その激しさにみんな圧倒された。
叱りながらも、親父は俺の手札を覗こうとしたが、俺はしっかり隠した。
親父の気持ちは分かる。でも、ここで手札を見せればすべてが終わる。
カードゲームをやる人なら分かるが、手札を他人に見せたら、リアクションで相手にバレてしまう。
田舎の親父世代は、こういう勝負事にとても慎重だ。
俺の手札はキング三枚。勝てるのはエース三枚だけだ。
こたつの中で、足先が冷たくなっていくのを感じた。
この勝負を仕掛けたのは直樹だ。カードゲームのベテランなら分かる。キング三枚なら、勝負に出るしかない。
「これで負けたら一生言われるだろうな」と覚悟を決めた。
美咲はいとこに「私たちのマンションは500万円の価値がある。あなたたちより200万円多い。張る?」と聞いた。
美咲の声には、一切の迷いがなかった。親戚の若い女性たちも、驚きと尊敬のまなざしを向けていた。