第1話:料亭の門前払い
私は何年も付き合いのある料亭にキンキ(黄魚に近い高級魚)を納品しに行ったが、入り口で追い返されてしまった。
この大浪潮料亭とはもう十年以上の付き合いで、納品のたびに暖簾をくぐる時はいつも、ほんのり漂う出汁の香りが心地よかった。だが、この日ばかりは、打ち水の残る石畳の玄関先で、まるで他人のように冷たく門前払いを受けてしまった。下駄の音がコツコツと響き、風鈴が涼しげに鳴るが、今日はその音さえも遠く感じられた。
何時間も不安なまま待っていると、ようやく店主の息子がのんびりと現れた。
夏の照り返しで、額から汗が流れ落ちるのを拭いながら、私は重たいバケツのそばでじっと待った。遠くから下駄の音が近づいてくるのが聞こえ、ようやく救いの気配を感じたのだった。
「お前の魚、もうほとんど死んでるじゃん。まあ、親父の顔立てて、引き取ってやるよ。」
店主の息子、大野翔太は、私の顔をまともに見もせず、つまらなそうにバケツを見下ろしてそう言った。彼の声には、あからさまな軽蔑が滲んでいた。
「1キロ千円な。中に運んどいて。」
彼が値を告げたとき、私は思わず耳を疑った。昔からの付き合いがあるからこそ、こうして私の魚だけは特別に扱ってくれていたはずなのに。
これらは高級な半天然の大きなキンキで、市場価格は1キロ2万円だ。
市場で競りに出せば、間違いなく高値が付く魚だった。私の漁場で育てた自慢のキンキが、ここまでぞんざいに扱われるとは、まさか思いもしなかった。
長年の付き合いもあって、私はいつも彼の家族に1キロ1万5千円で売り、一度も値上げしたことはなかった。
「お世話になってるから、この値段で」と、心の中では大野家への恩義と信頼を大切にしてきた。商売人としての誇りと、昔ながらの義理人情が私の根っこにあった。
怒りを抑えながら私は言った。「お父さんに聞いてくれ。君が勝手に決められることじゃない。」
唇を噛みしめながら、私はできるだけ冷静に声を抑えた。無礼な態度に腹が立ったが、ここで感情を爆発させては、大野正道との信頼が台無しになる。
彼は私の魚カゴを蹴り倒した。
コンクリートの地面にガシャン、と乾いた音が響いた。バケツの水がこぼれ、キンキが暴れてぴちゃぴちゃと跳ねた。翔太は一瞥もくれず、鼻で笑った。
「田村さんのキンキはいつも1キロ3千円だ。お前はずっと俺たちを騙してきたんだ。」
信じられない言葉だった。私は自分の耳を疑ったが、翔太の目には一切の迷いがなかった。
「親父は優しすぎて何も言えなかったけど、俺は違う。今日は千円で引き取るし、これからは生きた魚でも3千円しか出さないからな。」
翔太の声色には、自信と若者特有の傲慢さが入り混じっていた。父親と息子の間に流れる空気も、何となく想像できた。
私は作業員たちにバケツを拾って帰るよう指示した。
「みんな、もういい。片付けて帰るぞ。」私は淡々とした口調で言ったが、手は小さく震えていた。作業員たちは小声で「すみません」と言いながら、手早く魚を拾い集めた。
その後、彼らが死んだ魚で看板料理を作ったせいで、料亭は怒った客に荒らされてしまった。
その話はまたたく間に界隈の噂となり、SNSでも炎上した。怒鳴り声や罵声、割れた皿の音が、料亭の静けさを打ち破った。スマートフォンのライトが一斉に向けられ、割れた皿の音が何度も反響した。
店主自らが私の家にやってきて、面目を保たせてほしいと懇願し、高値で買い取ると言った。
正道さんは深く頭を下げ、「田村さん、頼む、どうか助けてくれ」と涙声で訴えた。私は長い沈黙のあと、小さくうなずいた——商人の義理を、最後まで貫くために。