アプリをダウンロード
裏切りの乳母と禁断の御所 / 第5話:江家の娘たちと新たな誓い
裏切りの乳母と禁断の御所

裏切りの乳母と禁断の御所

著者: 伊藤 さくら


第5話:江家の娘たちと新たな誓い

私を雇ったのは都の江家だった。

江家の門をくぐると、門の脇には雪かきの跡が残り、白梅の香りがほのかに漂っていた。土間に一歩足を踏み入れると、冬の冷気が肌に沁みる。都の空気は御所よりも柔らかく、どこか安らぎがあった。

江家には二人の娘がいた。長女の江美鈴は十六歳、次女の江宝子は十三歳。

二人は、母親を失った寂しさを隠すように、互いにそっぽを向いていた。

正妻は三年前に亡くなり、継母が娘たちを虐げるのを恐れて、江謝川当主は再婚しなかった。

当主の配慮が、娘たちの心にどう届いているのか、私は少しだけ気にかかった。

二人の娘に会う前に、この穏やかで礼儀正しい主人は、何度も申し訳なさそうに言い聞かせた。

「長女の美鈴は落ち着いていて心配いりません。

ですが、次女はわがままで……ご苦労をおかけします。」

申し訳なさそうな口調に、主人の人柄がにじんでいた。

私は軽くうなずいた。

「元気な娘の方がいいものです。土人形のように大人しいだけでは、すぐいじめられてしまいますから。」

そう言いながら、かすかに笑みを浮かべた。自分が十三で御所に入った日のことを思い出した。

言い終えると、廊下の珠簾がバタンと乱暴に揺れた。

珠の簾がぶつかり合い、カラカラと乾いた音を立てて揺れる。その隙間から宝子が覗き込み、一瞬だけ鋭い目線をこちらに投げた。唇をきゅっと尖らせ、あからさまに拗ねた表情が子どもらしくて微笑ましかった。

三日も仮病を使って姿を見せなかった。

その頑なさに、私はかつての自分を重ねた。

「乳母様、妹のことはお気になさらず。実は私も御所に入りたくはありませんが、選ばれるなら私の方がいいのです。宝子は気性が激しすぎて、御所では苦労するでしょう。」

美鈴は静かに、しかししっかりと自分の考えを伝えてきた。

江美鈴は御所入りを望み、礼儀作法の稽古にも真剣だった。

その姿勢は、どこか昔の私を思わせた。

「……藤井乳母、皇后様と陛下は幼馴染だったと聞きましたが?」

江美鈴は羨望の色を隠さなかった。

その目の奥には、憧れとともに淡い夢が揺れていた。

「陛下が皇女だった頃は寵愛されず、皇后様は当時御所の姫様付きで、自由に動けてはよく陛下に食べ物を運んでいたそうです。

命を賭して蒼月御殿を守り、若き皇女が害されぬよう、毎回毒味をしてから食事を出していたとか。

陛下が即位された後も、昔の情を忘れず、ついに夫婦になったのだと。」

美鈴の話には、町で聞いた噂が織り交ぜられていた。御所の世界は、外から見るほど単純ではないのだが——。

私は思わず笑ってしまった。

思いがけず大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえた。

江美鈴はきっとがっかりするだろう。

憧れの物語が、現実とは違うと知ったときの表情が目に浮かぶ。

「もし御所に入ったら、皇后様の前で幼馴染の話や、陛下の過去のことは絶対に口にしてはいけませんよ。」

ゆっくりと、美鈴の目を見つめて言い聞かせた。

江美鈴は不思議そうに尋ねた。

「なぜですか?」

その問いに、小さく微笑んで答えた。

なぜなら、美咲皇后と直子の幼馴染の話――

それは、実は私と直子の過去そのものだったからだ。

胸の奥に、静かな誇りと寂しさが同時に湧き上がっていた。

この章はVIP限定です。続きはアプリでお楽しみください。

続きはモバイルアプリでお読みください。

進捗は自動同期 · 無料で読書 · オフライン対応