第1話:雪の御所、別れの約束
直子が即位した日、一群の人々が御所から追い出された。
その日、空は冬の重みに沈み、御所の回廊には雪の気配が忍び寄っていた。格式ある石畳の上を、誰もが黙々と歩いていた。足袋越しに石の冷たさがじんわり伝わり、歩くたびに足音が回廊に反響する。かすかな吐息が白く浮かび、遠くで鐘の音が微かに響いた。
その中には、素行の悪い女中や、年老いて使い古された下働きたちも混じっていた。
人々の顔はどこか諦めがちで、それぞれが手荷物を胸に抱えていた。小さな風呂敷包みや、手作りの布巾でくるまれた日用品。御所での暮らしを思い出すものは少なく、ただ寒さが身にしみるばかりだった。
私は古くからの知り合いである用人の高橋さんを見つめ、不安げに尋ねた。
「高橋さん、私も出ていかなければなりませんか?」
自分でも驚くほど、声が小さく震えていた。こうした場面でも、礼儀として軽く膝を折り、目を合わせずに問いかけた。心の奥底から、不安が波のように広がっていく。
高橋さんは困った顔をして答えた。
「陛下は、他の者たちは残るも去るも自由だが、藤井乳母だけは必ず出て行くようにと仰せだ。」
高橋さんはほんの少し眉根を寄せ、手袋を脱いで指を組んだ。場の空気が一段と冷たく感じられた。
私は悟り、うなずいて荷物をまとめた。
こうなることは、どこかで予想していた。心の中で静かに諦めの息をつくと、昔から使っていた布の風呂敷で、持ち物をひとつひとつ丁寧に包んだ。仕舞い忘れのないように、手元を確かめる指先に、二十年分の記憶が流れていった。
細雪の舞う中、御所の塀を振り返ると、ふと九歳の直子が私の袖をしっかり掴んでいた日のことを思い出した。
冷たい雪が頬を撫でた瞬間、時の帳が下りて、あの日の声が鮮やかに甦る。
「お姉ちゃん、絶対に、絶対に直子を置いていかないで。」
あのときの直子は、必死に私の袖を握りしめていた。細くて冷たい指先が、私の着物の袖をきゅっと掴み、布の感触が手に残る。泣き声は高く、震えながらも「置いていかないで」と繰り返した。袖の手触りや、彼女の指の冷たさ、涙が布に染みていく感覚――すべてが今も心に焼き付いている。
約束は、心の奥に焼き付いていた。