第1話:死体の花嫁が現れた夜
子供の頃、うちの店に一人の男が入ってきた。そのとき、私は祖父の隣でお箸を握りしめていた。胸の奥がなぜかざわついていたのを、今でも覚えている。
祖父はにこやかな表情を浮かべつつも、柔らかく言った。「悪いな、若いの。今日は町の祝いごとで満席なんだ。よかったら、また今度来てくれ。」
まだ夏の湿った空気が店の奥までじっとりと染み込み、のれんの隙間からは夕暮れの光がこぼれていた。畳の匂いと、鯛の尾頭付きの湯気、甘い煮物の香りが漂う中、祝いごとのざわめきに包まれていたが、男の姿だけがどこか異質で浮いて見えた。男の足元には泥がこびりつき、浴衣の裾が濡れている。顔は土埃でくすみ、目だけが鋭く光っていた。
祖父は着流しの裾を直し、普段通り穏やかな口調で客人に対応していたが、その目だけはじっと男を見据えていた。
男は低く陰気な声で言った。「この店には死体の花嫁がいる。」
空気が一気に冷え込み、近くの客が一瞬箸を止め、子供が祖母の袖をぎゅっと掴んだ。私は心臓がどきりと高鳴り、手のひらにじっとりと汗を感じた。
祖父の手元にあった小皿がカタリと鳴り、誰かがごくりと唾を飲む音が静かに響いた。