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復讐の母、闇に堕ちて / 第3話:因果の鎖
復讐の母、闇に堕ちて

復讐の母、闇に堕ちて

著者: 黒田 慧


第3話:因果の鎖

ある日、隣接する浜松市の刑事課から協力要請があった。越境殺人事件の捜査協力で、古川係長が私を担当に指名した。

浜松市と静岡市は、昔からライバル意識の強い町同士だ。だが、事件が絡めば、そんな垣根は関係ない。

その事件は、ベテランの江口警部と堀内巡査が担当していた。

江口警部は、静岡弁が柔らかく響く60代の叩き上げだった。堀内巡査は三河の出身で、物静かな青年だ。二人とも事件慣れしているはずだったが、その表情は険しかった。

初期のやりとりで、恐ろしい殺人事件が発生したことを知った。

電話越しの報告は、どこか震えが混じっていた。「一家惨殺……」という言葉だけで、十分に状況の異常さが伝わってきた。

一家三人が惨殺されたのだ。父・村上剛、母・村上淑恵、そして10歳の子供・村上真理——全員が殺害されていた。

村上家は転入して間もない一家だった。近所づきあいもほとんどなく、その分、町内では浮いた存在でもあった。

犯人の手口は極めて残虐だった。各被害者は少なくとも20か所以上刺されており、体内からは幻覚剤が検出された。

日本の殺人事件で、ここまで残忍な手口は稀だ。まるで何かに取り憑かれたような犯意の強さが、現場に濃く漂っていた。

つまり、犯人は被害者を薬で無力化した上で刺殺したのだ。

遺体の姿勢や傷の深さまで、鑑識の報告が冷徹に並ぶ。薬物の入手経路も、捜査線上の大きな課題となった。

それだけでなく、まるで激しい怒りをぶつけるかのように、犯人は被害者たちの首を切断し、リビングのローテーブルに並べていた。

畳の上に、正座をするように整えられた遺体。静まり返った和室の空間に、異様な静けさが流れていたという。鑑識の一人は「禍々しいほど整然と並べられていた」と後に語った。

一家三人の遺体は、不気味なほど整然と並べられていた。

三体の首が、小さなローテーブルに等間隔で並べられ、その下には家族写真が置かれていた。誰が置いたのか、犯人の意図を考えると背筋が寒くなった。

被害者家族は地元に親戚も友人もおらず、郊外の古い一軒家で暮らしていたため、遺体が発見されたのは死後1週間も経ってからだった。悪臭に耐えかねた通りすがりの人が発見したのだ。

郊外の集落は、夜になると人通りもほとんどない。発見者は犬の散歩中の老人で、家の前で鼻を押さえて立ち尽くしていたという。

警察は、ドアや窓にこじ開けた形跡がないことから、家族と面識のある者の犯行と判断した。

日本家屋の引き戸は、外から力任せにこじ開けるのは難しい。玄関も無傷だった。

現場は徹底的に清掃されており、指紋も足跡も髪の毛も、証拠らしいものは何も残っていなかった。

プロの仕業かと疑うほど、痕跡が残されていなかった。鑑識は「まるで浴室掃除のように隅々まで拭かれていた」と舌を巻いた。

しかも、家が人里離れているため、防犯カメラもほとんどなく、有力な手がかりは一切得られなかった。

町内の自治会長に確認したが、「最近は防犯意識も高くないし、田舎はカメラなんてつけてない」と首を振るばかりだった。

警察は、被害者の人間関係から手がかりを探すしかなかった。

地元の自治会名簿や、町内のパート先などを徹底的に洗い出したが、目立ったトラブルや交友関係も浮かばなかった。

そこで、2つの事実が判明した。

第一に、この家族がここに引っ越してきたのは数か月前で、地元に知人がいなかったこと。

近所の人々も「ああ、あの転勤族の……」としか被害者家族のことを覚えていなかった。

第二に、被害者の村上真理は、1年以上前に残虐な事件に関与していたこと。

そう、あの「佐藤恵美事件」——未成年による故意傷害事件として悪名高い事件だ。

被害者が加害者に転じた。近年の少年事件で、これほど皮肉な因縁を持つものは稀だった。

これは明らかに復讐殺人だった。被害者がかつて加害者だったため、証拠がなくとも江口警部は当然、佐藤恵美の両親——佐藤和也か佐藤由紀子を疑った。

捜査会議では「これしか考えられない」という空気が漂っていたが、誰も決定的な証拠を挙げられなかった。

だが証拠がないため、佐藤和也に口頭での出頭要請を出すしかなかった。

本部の電話から何度も連絡を入れたが、和也の反応はどこか頑なだった。

しかし、意外なことに、佐藤和也は頑なに出頭を拒否した。娘の世話で手が離せないと強調し、私たちが自宅に来るなら調査に応じると答えた。

「どうぞ家に来てください。私は家から離れられませんから……」という彼の声は、疲れ切ったように響いた。

それなら問題ない。私たちはその日の午後、江口警部と堀内巡査を連れて佐藤和也宅を訪ねた。

警察車両を降りると、町内の子どもたちが遠巻きにこちらを見ていた。子どもたちは「警察だ……」と小さくささやき、大人たちはカーテン越しに目を合わせないように気配を消していた。田舎特有の“見て見ぬふり”の空気が、肌にまとわりつくようだった。

この章はここまで

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