第1話:生死の杯
一族の太鼓が鳴り響き、宗家の者たちが総出で動き出した。
太鼓の重低音が古い屋敷の梁を伝い、障子の紙が微かに震える。音が体の芯まで響き、読者までもがその緊張を肌で感じるような気配が広がった。
薄暗い屋敷の大広間には、まるで祭りの夜を思わせる重い響きが満ちていく。畳の上をすり足で移動する者、正座しながらも手のひらに汗を滲ませる者、誰かの着物の裾が畳を擦る音だけが静寂の中に浮かび上がった。背筋を正しながらも内心の緊張を隠しきれず、時折視線を交わす。欄間の向こうからは、かすかに庭の灯籠の明かりが障子越しに差し込んでいた。
宗家当主は日本酒の杯を手にし、ゆっくりと間を取って厳かで毅然とした声を響かせた。「二十年前……」と語り出すその前で、当時を知る年配者の顔が一瞬曇り、壁には古い集合写真が飾られている。その写真の中の面影が、今も事件の重みを物語っていた。「……職業高校の不良二人が、帰国中の教授を刺殺し、町は混乱寸前に陥った。」
話の端々に、昭和から続く家の重み、親戚筋の誰もが知る忌まわしい事件の影が差す。当主の目は細く鋭く、周囲の者たちも息を呑みながら、その歴史の重みを全身で受け止めていた。
「そして二十年後、宗家の評議会は莫大な代価を払って山口教授を日本へ招き戻し、我が家が所有する三百五十の工場の技術改革を指導してもらっている。」
その名が発せられた瞬間、部屋の空気がピンと張り詰めた。三百五十の工場が集まると、地元では『小さな産業王国』とも呼ばれている。その長い歴史と誇りが、今また一つの危機に瀕していた。
「だが昨夜、その山口教授がまたしても職業高校の不良に平手打ちされ、金を奪われたのだ。」
ざわめきが走る。誰かが畳の上で拳を握りしめ、手のひらの汗を拭う。重苦しい沈黙が一瞬部屋を支配した。
「その不良は未成年で、すぐに釈放されるという。しかも山口教授に復讐するとまで脅している。宗家をなめているのか?」
「面目丸つぶれとはこのことだ…」と誰かが小声でつぶやいた。日本の秩序と体面を重んじる家の者にとって、屈辱以外の何ものでもなかった。
当主は杯を高々と掲げたが、その手がわずかに震え、杯の中の酒が静かに揺れた。「本日、我らは生死の籤を引く。選ばれた者の家族は一族が面倒を見、その家系は独立して記録され、宗家の仏壇が香を供え魂を祀る。」
室内に静かなざわめきが広がる。仏壇に魂を祀ることは、宗家にとって最大の名誉であり、同時に重い責任でもある。蝋燭の灯が揺らめく中、年配者たちは深く頭を垂れた。
当主が杯を掲げて叫ぶ。「宗家を代々守れ!」
その言葉は雷鳴のごとく大広間に響き渡る。誰もが襟を正し、無言の決意を新たにする。
私たちも杯を掲げた。
酒の表面には障子越しの柔らかな灯りがゆらめいていた。厳粛な空気に呑まれながらも、どこか覚悟のようなものが胸の奥に灯る。親戚同士で目を合わせ、小さくうなずく者もいた。
三千の宗家の壮漢たちが一斉に咆哮し、その声は天を揺るがした。「やれ!」
その雄叫びは障子を震わせ、庭の苔むした石灯籠の影さえも揺らした。床下から鼓動が伝わってくるような錯覚さえ覚えた。
日本酒を一気に飲み干す。
鼻腔を抜ける酒の香り、喉を焼く熱さ。日本の男たちの、運命の儀式だ。
私の杯の底にだけ「生死」と書かれていた。
墨の太い筆致。光の加減でそれが仄かに浮かび上がる。心臓がどくんと跳ねた。
私は杯を叩き割った。全員の視線が私に集まる。
パリンという鋭い音が静寂を切り裂いた。畳の上で砕けた杯の破片が、まるで運命を告げる鐘のように冷たく光っていた。
唇の酒を拭い、背を向けて歩き出す。
一瞬、畳の感触が足裏に重くのしかかる。ざわめきが背中に突き刺さるも、私は一歩一歩静かに歩みを進めた。
「今日から宗家の仏壇は私の位牌にも香を供えよ。」
その言葉を発する声が、どこか遠い響きを持っていた。長い歴史の中で何度繰り返されてきたか分からない、覚悟の宣言。