第7話:春の予感、違和感の正体へ
私は書斎で丸一日、類人の欠陥を考え続けた。
カーテンの隙間から差し込む夕日、時折通る車の音。コンビニで買ったコーヒーの苦味が口に残り、窓から差し込む夕陽のオレンジ色が部屋を染めている。考えがまとまらないまま、時だけが過ぎていく。
外見に違いがないなら、他の角度から考えるしかない。
「類人を宇宙人にする?いや、それは飛躍しすぎだ。」
「内部構造が違う?でも猿人にX線の目はないし、それは無理だ。」
自問自答しながら、メモの余白に「時間感覚」や「言葉の抑揚」など、思いつくまま書き足す。
いくつか案を書き出したが、どれも却下した。
「瑞希なら、もっと日常に潜む違和感を狙うはず…」
一人で悩んでも仕方ない。無機質な人形を見つめてもヒントは得られない。
窓の外の街路樹が風に揺れ、小鳥がさえずる。少し気分転換しようと立ち上がる。
いっそ外に出て、街の人々を観察した方がインスピレーションが湧くかもしれない。
私はコートを羽織り、タクシーで遊園地へ向かった。市内最大の娯楽施設で、公園、動物園、科学館、展示ホールなどが揃い、いつも賑わっている。
自販機で缶コーヒーを買い、飲みながら窓の外を眺める。目的地に着く頃には、胸の高鳴りが少し落ち着いた。
今日は週末の午後とあって、さらに混雑していた。中央には巨大な観覧車がそびえ、その下には観光客や出店者でごった返している。
屋台から漂う焼きそばの香り、遠くで子供たちの笑い声。少し肌寒い春風に、桜の花びらがひらひら舞い落ちる。
「まさに群衆観察にはうってつけだ。」
私はベンチに座り、人々の顔を眺めた。
制服姿の高校生カップル、家族連れ、老人のグループ。誰一人として同じ顔はない。
左手には派手なメイクのピエロが風船を売っている。子供たちは全く怖がらず、楽しそうに風船と戯れている。
ピエロの顔が目立つけれど、「これは例外だな」と苦笑い。目線はすぐに他の人へ移す。
私は首を振った。ピエロの外見は誇張されすぎていて、類人とは無関係だ。
右手には中年女性が無表情で、首が少し固まっているのか動作がぎこちない。
彼女の背筋が妙に真っすぐで、歩くリズムもどこか機械的。だが、しばらく見ていると手に持った紙袋が重そうに見え、単に疲れているだけかもしれない。
私は少し気になって見つめたが、きっと機嫌が悪いか首を寝違えただけだろうと自分で納得した。
「人間って、案外みんなバラバラだな…」
観察していると、隣から声がかかった。
「こんにちは、占いはいかがですか?」
振り向くと、お団子頭の少女が黒いロングドレス姿で私を見つめている。前には小さなテーブルがあり、見慣れないカードが並んでいた。
目の大きな少女。手元のカードには、桜の花びらや月の絵柄。春祭りの臨時ブースだろうか。
私は思わず笑ってしまった。「結構です。」
「大丈夫ですよ」とにっこり微笑む。だが、その表情は作り物のように完璧で、ほんの少しだけ、私はドキッとした。
私は類人のヒントを探しに来たので、占いは関係ない。
しかし少女は諦めない。「一度試してみてください。恋愛も仕事も、オカルトも占えますよ。」
「今日は人探しだから、いいや」と冗談めかして返す。
私は彼女を見て言った。「今、探してる人がいるんだ。」
「どんな人?」
「人間に見えて、人間じゃない人。」
少女の眉がぴくりと動く。「…それって都市伝説?」
彼女は私が変人だと思うかと思ったが、意外にも真剣に考え込んだ。
やがて、少し疑わしげに尋ねた。
「見た目が人間?どういう意味?」
「外見はまったく同じ。」
「…うーん、それじゃ見分けようがないんじゃないですか?」
彼女は口元を手で覆って笑った。
「そんなのありえません。双子だって完全に同じじゃないですよ。」
「一卵性双生児でも、細かいほくろやクセが違うし、声も微妙に違うよね。」
ヒュッ——
ちょうどそのとき、頭上の桜の木が風に揺れ、二枚の花びらが私の前に舞い落ちた。
舞い降りた花びらが、ベンチの上でそっと重なり合う。淡いピンク色が春の日差しに透けて見える。
私はドキッとして、すぐに二枚の花びらを拾い上げた。
その手のひらの上で、二枚は微妙に形が違う。同じようでいて、端のギザギザも、色の濃淡も違う。
「今、なんて言った?」
「世界に全く同じ人間は二人といないって。」
少女の言葉が、春風に乗って私の心に染み込む。その瞬間、私はある閃きを感じた。
窓の外、風鈴が再び鳴った。春の夕暮れ、何かが始まる予感がした。
(つづく)